こだわりアカデミー
後を絶たない「毒キノコ」中毒。 しかし、その成分は、医薬品としての活用が 期待されています。
解明が進むキノコの成分。毒キノコも薬に?!
奥沢眼科医院医師
奥沢 康正 氏
おくざわ やすまさ
おくざわ やすまさ 1940年、京都府生れ。65年、大阪医科大学卒業後、京都府立医科大学眼科助手、京都市立病院眼科勤務医、大阪医科大学眼科助手を経て、72年、奥沢眼科医院(京都市西京区)開業。日本医史学会常任理事などを務める。医療活動の傍ら、医学童話の執筆や、全国のキノコの探索活動を行なう。現在、日本菌学会、関西菌類談話会等に所属、日本冬虫夏草の会理事も務め、キノコ関係の学会発表に意欲を燃やす。著書に医学童話『ねこになったマーくん』(桐原書店)、『ぎもん・しつもん目の辞典』全2巻(東山書房)、『ドクター・ヒゲのおはなし広場』シリーズ全7巻(桐原書店)、『きのこ童話集』(日本きのこ協会)、共著『きのこの語源・方言事典』(山と渓谷社)、『毒きのこ今昔』(思文閣出版)など多数。
2006年9月号掲載
キノコは古代から「薬」だった
──先生は眼科のお医者さんでありながら、キノコの研究でも大変著名でいらっしゃいます。なぜキノコに関心を持たれたのですか?
(左)「ツキヨタケ」は、腹痛、下痢などの典型的な胃腸系の中毒を起こす。シイタケやヒラタケなどの食用キノコと間違えやすい。 (右)「ドクツルタケ」は、肝臓肥大、胃腸の出血など内蔵の細胞を破壊し、死に至ることも。白いよく似た食用キノコがあり、間違えやすい 〈写真撮影:佐野修治氏〉 |
奥沢 私はこれまで、眼科学はもとより眼科史について研究をしてきました。
歴史に関する古い本を読むうちに、古代から菌類が、眼の治療を始め、薬物療法として服用されていたことを知りました。
──では、医学的な視点から菌類に関心を持たれ、キノコの研究へと発展したわけですね。
奥沢 はい。以来、キノコを採集し、観察することが日常的となりました。
死に至る恐ろしい毒キノコも・・・
──本日は特に「毒キノコ」についてお話を伺いたいと思いますが、まず、キノコによる中毒事故というのはどの位あるのですか?
奥沢 明確な数字は分りませんが、中毒発生者数は、保健所に届出があるだけで年間約200人。死亡率は、平均1・4人となっています。
──中毒の症状とは、どういったものなのでしょう?
奥沢 下痢や胃腸刺激、嘔吐など、一時的な苦しみを伴う症状が中心ですが、中には細胞を破壊し、死に至る怖いものもあります。
──最近では、図鑑や専門書も多くなり、インターネットで簡単に情報も得られるのに、なぜ中毒者が後を絶たないのでしょうか?
奥沢 食べられるキノコとそっくりな毒キノコを、誤って食べてしまうことが多いからです。
──意外と誤食される方がいるんですね。
奥沢 はい。届出がないケースも含めると、相当数いると思います。
特に自称ハイアマチュアと称するキノコ採り名人は、恥ずかしいのか、プライドが許さないのか、中毒を起こしても報告をせず、貴重な経験が闇に葬られることも多いのです。
医学の進歩のためには、キノコのサンプルを残してくれるとありがたいのですが・・・(笑)。
生半可な知識は危険
──もし、毒キノコにあたった場合の治療法とは?
奥沢 まずは、無理にでも吐き出すこと。そして、水分を補給し、利尿や排便を促し毒を出すことです。医者に何を食べたのか、詳しく話すことも大切ですね。
(左)「ベニテングタケ」は、胃腸系では腹痛、嘔吐、下痢、中枢神経系ではめまい、錯乱、幻覚などの症状が現れる。 (右)「ニガクリタケ」は、腹痛、嘔吐などが起こり、ひどい場合は痙攣やショックなどを経て、死亡することもある 〈写真撮影:佐野修治氏〉 |
──中毒にならないためにも、特定に不安があるときは、食べないことが一番−!
奥沢 その通りです。生半可な知識をもとに、食用キノコと判断してはいけません。
私も野山に行き、実際にキノコを探して調べながら、ようやく見分けられるようになったのですから。
──国内のキノコの種類は、どの位あるのですか?
奥沢 全体で約3000種、そのうち毒キノコは、約200種類といわれています。
──そんなにですか−! 似たタイプもあるでしょうし、名前を覚えるだけでも大変そうです。
でも、きっと先生は楽しみながら研究されているのでしょうね。
奥沢 ええ楽しいですよ。山に入って探したり、調べることに喜びを感じます。
やはり自然に親しんで楽しみながらキノコに触れていると、幼い頃の昆虫少年のような心になるんですよ。
「シャグマアミガサダケ」は、生で食べると、肝機能障害、呼吸麻痺が起こり、死に至る猛毒キノコ。 しかし、香りや歯ごたえが良く、北欧では高級食材として扱われている。 15分以上2回にわたり湯がき、毒性を抜いて調理する。 しかし、蒸発したものを吸い込んだだけでも死亡するため、風通しの良いところで行なう 〈写真撮影:佐野修治氏〉 |
進むキノコの成分研究
──ところで、キノコは医薬品としても注目が集まっているようですね。
奥沢 はい。私も最近では、「冬虫夏草」について研究しています。
「冬中夏草」とは、セミやクモなど多くの昆虫に寄生する珍しい菌類の一種です。冬は虫でも、夏には草に変るという意味からの名前です。
──どのような薬効があるのですか?
奥沢氏が採集した「冬虫夏草」。 セミやクモその他の昆虫に寄生する菌類の一種。 免疫力を高めるなどの薬効を持ち、近年話題となっている。 |
奥沢 免疫性を高め、集中力や記憶力、運動力が向上する効果があるようです。中国では昔から、不老長寿の秘薬や漢方薬としても知られています。
製薬会社も注目しており、韓国では朝鮮人参に代り、輸出を活発化する国策も行なわれているようです。
──それは興味深い。
他にも将来、画期的な薬になる可能性を秘めたものがありそうですね。
奥沢 ええ。特に毒キノコには、さまざまな科学成分が含まれている可能性があります。
人間の神経に作用する幻覚キノコなどは、研究が進めば、うつ病や老人の認知症を軽減する医薬品、副作用のない手術後の鎮痛剤などに応用できる可能性も考えられています。
──そのためにも「毒」そのものの科学的な分析はもちろんのこと、古代からの活用法などについても、もっと研究が必要になるかもしれませんね。今後の研究に期待しております。
本日はありがとうございました。
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