こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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恋愛は、実は遺伝子によって左右されていたんです。

恋愛を左右する遺伝子

早稲田大学人間科学部教授

山元 大輔 氏

やまもと だいすけ

山元 大輔

1954年、東京都生れ。76年、東京農工大学農学部卒業。78年、同大学院農学研究科修士課程修了後、ノースウエスタン大学医学部博士研究員、三菱化学生命科学研究所室長を務める。ケンブリッジ大学、パリ大学、ハワイ大学等で研究活動を行ない、99年より現職に。理学博士。主な著書に『脳と記憶の謎』(97年、講談社)、『行動を操る遺伝子たち』(97年、岩波書店)、『恋愛遺伝子 運命の赤い糸を科学する』(2001年、光文社)など多数。

2002年4月号掲載


血液型占いは根拠ナシ。遺伝子が相性を決める?!

──ご著書『恋愛遺伝子』は、インパクトのあるタイトルもさることながら、内容も驚きの連発で、大変興味深く読ませていただきました。

山元 ありがとうございます(笑)。例えば、どのようなところに驚かれたのですか?

──人には好きになる異性のタイプがあって、大抵は外見、容姿のことがいわれますが、相性の良し悪しもありますよね。気分やフィーリングという、感覚的な部分も恋愛の重要な要素になると思いますから。ところが、実はこの「相性」が「遺伝子」という科学的なモノに左右されていると知り、まず驚きました。

山元 必ずしも遺伝子だけが相性を決定しているのではなく、いくつかの要因のうちの1つであるということですが、少なくとも根拠のない血液型占いとは比較にならないほど、科学的に立証されています。

──えっ? 血液型占いは根拠がないのですか?

山元 ええ。ABO式血液型は、赤血球にある糖タンパク質の形を便宜上分類しているだけであって、性格との関係は何もないんです。血液型性格判断は、世界でも日本でしか見られない『奇習』なんですよ。

──そうだったんですか。しかし、当ってるなと思う時もありますが…。

山元 そこが人間の都合のいいところで、自分の期待通りのことが起これば感激して覚えているのに、期待に外れたことはすぐに忘れてしまうんです。「A型はこういう性格」という枠を作って、そこに当てはまった例だけを記憶しているので、「当った」と勘違いしてしまうのです。それに比べると、MHC(主要組織適合性複合体)遺伝子が相性を左右するというのは、はるかに信頼性があります。

──その根拠は?

山元 MHCは、白血球などにあるタンパク質を作る遺伝子の複合体です。このMHCはヒトによって型が違い、何万通りもあるのですが、ヒトはこのMHC型が似ていない相手に惹かれるということが、ある大学の実験で明らかになりました。

──どのような実験だったのですか?

山元 44人の男子学生に同じTシャツを2晩着てもらい、50人の女子学生にそのTシャツの匂いをかいでもらって、好感度を採点するというものです。「とってもいい感じ」から「とっても嫌」まで10段階評価で採点をしたのですが、MHC型が似ていれば似ているほど女子学生の採点は辛くなり、かけ離れているほど良い評価をするという結果が出ました。ちなみに、同じ実験を男子学生同士で行なっても、まったく同じ傾向が出たそうです。つまり、私達は性別に関係なく、自分と違うMHC型を持った相手に惹かれる、というわけです。

──私達は、目に見えないMHC型を「匂い」で判別しているということですか?

山元 その通りです。といっても、はっきりと分る匂いではなく、無意識に感じる匂い、いわゆる“フェロモン”というものです。

──ということは、フェロモンの正体はMHCなんですね?

山元 残念ながら、違います。まだはっきりとしたことは分っていないのですが、MHCはフェロモンを運ぶ『運び屋』の働きをしていると考えられています。体内でフェロモンとなる匂い物質を抱え込み、汗や尿に混ざって体外に出る。そこでMHCは脱ぎ捨てられ、中の物質が揮発して匂うのではないかというわけです。MHCの型が違えば中にある物質の型も違うので、人によって匂いが違うということになるのです。

──なるほど。でもなぜ我々はMHC型が違う相手を好むのでしょうか?

山元 もともと、MHCはウィルスや病原体など体外からの侵入者を捕らえ、その居場所を免疫細胞に知らせるという役割を持っています。つまり、体内のMHCの型が増えれば、捕えられる“外敵”の種類も多くなる。よって、型が異なる者同士の子供は、病気に冒されにくい丈夫な体を持つことができるというメリットがあるのです。

──MHCは気持ちの上での相性だけでなく、身体的な相性にも関係しているのですね。

山元 相性を判断する要素は他にもたくさんあると思いますが、科学的に判断するとなると、今のところこのMHCだけだと思います。


同性愛にも遺伝子が関係していた!

──ところで、恋愛にもさまざまな形がありますが、同性愛にも遺伝子が関係しているようですね。

山元 91年に、男性同性愛者の脳の構造が異性愛者のそれと違うことが発見されて、大きな反響を呼びました。そこで、これには遺伝子が関係するのではないかということで研究が進められ、「ゲイ遺伝子」なるものが存在することが分ったのです。でも、ヒトの場合、遺伝子を操作して研究することはできませんから、正確な位置や仕組みは実はまだはっきりと分っていないのです。

──そこで先生は、ショウジョウバエを使って同性愛遺伝子を解明することにしたのですね?

山元 はい。同性愛は人間だけにしかないと考えていらっしゃる方も多いのではないかと思いますが、動物にも同性愛は存在するんです。ショウジョウバエも例外ではありません。ただ、どの遺伝子が原因なのかはまだ解明されていなかったので、じゃあやってみよう! ということになったのです。実は、「ショウジョウバエの遺伝子を研究すればヒトの遺伝子が分る」といわれているくらい、ヒトとショウジョウバエの遺伝子はよく似ているんです。

──実際に、同性愛に関係する遺伝子を発見されたということですが、どのような方法で研究されたのですか? 

山元 遺伝子の一個だけを書き換えた突然変異体を2,000種類作って、かたっぱしから性行動を観察していったのです。その結果、仲間と違った性行動をとる突然変異体を8つ見付けることができました。そのうちの一つが、オスの同性愛突然変異体「サトリ」です。

──どうして「サトリ」と命名されたのですか?

山元 最初、オスがメスに求愛しないのは、性欲を失ったからだと考えたからです。「悟り」を開いたのだ、とね。実際はメスではなくオスに興味があったわけなんですけど(笑)。

山元先生は、ショウジョウバエの中で仲間と違う性行動をとる8種の突然変異体を発見した。そのうちの2つがオスの同性愛突然変異体「サトリ」(写真左:オス同士が数珠繋ぎになって求愛)とメスの突然変異体「スピンスター」(写真下)。スピンスターはオスの求愛をキックやパンチでかたくなに拒絶し、交尾をしないまま一生を終える。

山元先生は、ショウジョウバエの中で仲間と違う性行動をとる8種の突然変異体を発見した。そのうちの2つがオスの同性愛突然変異体「サトリ」(写真上:オス同士が数珠繋ぎになって求愛)

写真下はメスの突然変異体「スピンスター」。スピンスターはオスの求愛をキックやパンチでかたくなに拒絶し、交尾をしないまま一生を終える。


──なるほど。では、サトリを発見したあと、どうやってその原因となった遺伝子をつきとめたのですか?

山元 原理としては、まず、ハエの受精卵に人工遺伝子を注射することで突然変異を起こします。注入された人工遺伝子は受精卵の中で分裂している細胞の染色体のどこかに入り込んでいき、もともとそこにあった遺伝子を破壊して自分がそこに収まります。そのため、本来のものとは異なる性格や行動をする個体に変ってしまう。つまり、突然変異を起こすというわけです。ですから、サトリに入り込んだ人工遺伝子のありかをつきとめれば、「壊れると同性愛を引き起こす遺伝子」も分るという仕組みです。

──原理としては簡単ですが、実際は気の遠くなるような作業でしょうね。

山元 すべて解明するまで、約3年かかりました。それでも、猛スピードで頑張った成果だったんですよ。なにしろ追っ手が迫っていましたからね。

──とおっしゃいますと?

山元 ちょうど同時期に、アメリカの強力な4グループが共同研究体制を組んで、同じ研究をしていたんです。向こうはこの分野の第一人者ばかりで、日本とは研究のスケールが違いますから、かなりの強敵でした。でも、ここで負けるわけにはいかない。少しでも早くサトリ遺伝子を解明して、論文発表を勝ち取らなくては! と、必死で研究を進めました。ご存じかも知れませんが、科学の世界では、論文を掲載した雑誌の「格」で評価が決まります。ですから、少しでも格が高いといわれている雑誌に発表しなければいけないのですが、その多くはアメリカの雑誌なんです。そして、掲載するかどうか決定する審査員が、敵チームの関係者なんです。

──なんと! では、そう簡単に論文を見せるわけにはいきませんね。

山元 そうなんです。そこで我々は、アメリカ以外の審査ルートを持つ「PNAS」(アメリカアカデミー紀要)という雑誌に狙いを定めたんです。昼夜を問わず研究を進め、論文を仕上げ、無事「PNAS」に発表できるよう、安全なフランスとスイスで審査してもらい、そしてようやく発表することができたんです。相手チームより、わずか3ヵ月早い勝利でした。

──たったの3ヵ月ですか! いやはや、科学の世界も大変なんですね。


科学こそ究極の宝探し

──次の研究テーマは何ですか?

山元 これまでの研究の続きでもあるのですが、ある遺伝子が変異するとなぜ同性愛になったりするのか、その仕組みを解明したいと考えています。サトリの研究で、遺伝子が性指向性を変えることは分ったのですが、それがどうしてなのかはまだ判明していない。途中過程が分らないわけです。そのメカニズムを何とか解明したいですね。

それに、サトリと同じような遺伝子がヒトではどのように働いているかにも興味がありますね。

──やはり、ヒトの場合も遺伝子の働きで同性愛になるのでしょうか?

山元 というより、ヒトの場合は環境や育ち方など、いろいろな要因の一つとして遺伝子があると考えた方がいいでしょう。ショウジョウバエに比べると、その仕組みはかなり複雑です。

それともう1つ、性行動を例にとって、なぜ生物の行動が多様化したのかという進化の問題を、遺伝子の立場から研究したいと思っています。

──と、おっしゃいますと?

山元 どの遺伝子がどう変化すれば、脳に違いが生れ、生物の種類や性行動が多様になるのか、ということです。今、それを解明するために、ハワイのショウジョウバエの進化を調べているところです。

ショウジョウバエは生後わずか10日で成体になる。
ショウジョウバエは生後わずか10日で成体になる。

 

ショウジョウバエの脳の拡大写真
ショウジョウバエの脳の拡大写真

──ハワイというのは、何か理由が?

山元 世界に約2500種いるショウジョウバエのうち、約1000種近くがハワイに生息しているんです。ハワイは噴火によってできた群島なので、島の分裂や噴火によってショウジョウバエも小さな集団に分けられ、その集団ごとに進化し、多様化したようなのです。事実、ハワイのショウジョウバエの染色体を調べると、一つの種が何百種にも分れていったことが分ったんです。そしてその各種は、脳の構造が少しずつ違うんですよ。

──ということは、性行動も違うということですね?

山元 そうなんです。進化の過程で違いができたわけです。つまり、一番新しい種から逆にたどっていけば、どの遺伝子に変化が起きて脳や性行動が変ったのかが分る。遺伝子から、行動の進化に迫ることができるのです。

──なかなか興味深い研究ですね。

しかし、相性から行動まで、恋愛のすべてが科学で解明されるとなると少し寂しい気もしますが…。

山元 そう感じるのは、恋愛というロマンチックなものと、科学がまったく別のものだと思っていらっしゃるからではないでしょうか。確かに、恋愛に遺伝子という科学的な要因が関係しているといっても、それはほんの一部でしかないわけで、恋愛のすべてを解明しようと思ってもとうてい分りっこないでしょう。しかし、それでも科学によって遺伝子が関係しているということが分ったのです。人間の行動で一番不思議な「恋愛」というモノを、もしかしたら解明できるかもしれない…! そう考えただけでも、面白いと思いませんか? 私は、科学こそロマンであり、究極の宝探しだと考えています。

──確かに、目に見えないモノが恋愛を左右しているということが分っただけでも、大きな宝物を見付けたのかもしれませんね。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『恋愛遺伝子 運命の赤い糸を科学する』(光文社)

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