こだわりアカデミー
生物の進化とは、遺伝子の変化。 私の研究とはDNAの歴史学です。
遺伝子で探る日本人の起源
国立遺伝学研究所集団遺伝研究部門教授
斎藤 成也 氏
さいとう なるや
さいとう なるや 1957年、福井県生れ。79年、東京大学理学部生物学科人類学課程卒業、81年、東京大学理学系研究科大学院人類学専攻修士課程修了。86年、テキサス大学ヒューストン校生物医科学大学院修了。東京大学理学部生物学科人類学教室助手、国立遺伝学研究所助教授を経て、2002年現職。専門分野は人類進化を中心とする遺伝子とゲノムの進化。95年、日本遺伝学会奨励賞受賞。主な著書に『遺伝子は35億年の夢を見る』(97年、大和書房)、『ゲノムと進化』(2004年、新曜社)、『DNAから見た日本人』(05年、ちくま新書)。
2005年10月号掲載
突然変異の仕組みとは
──先生はDNAの研究を専門とされており、日本人の起源を始めとした、生物の進化について調査されていると伺っております。
斎藤 私は生物の中でも特に、人間の進化に興味を持っていて、進化の中心である遺伝子の変化について調べています。
具体的には、人間の遺伝子と、もっとも近縁な類人猿や霊長類の遺伝子との比較が主テーマです。また、アジアを中心とした遺伝的近縁関係の解析や、遺伝子進化を研究するためのソフトウェアの開発を行なっています。
──さまざまな研究に取り組まれているのですね。
本日は、基礎的なことから伺っていきたいと思いますが、そもそも私達生物の体を構成するDNAとはどういった物質なのでしょうか? また、遺伝子との違いは何なのでしょう?
液体の中に浮いている白くモヤモヤしたものがDNA。2本の鎖が絡まったような形で、細胞の中に何千万個もつながっている 〈写真提供:斎藤成也氏〉 |
斎藤 DNAは一般的に遺伝子の意味を含んだ言葉として使われることが多いのですが、DNAそのものは、2本の鎖が絡まったような形状で、細胞の中で何億個もつながる化学物質です。
──では遺伝子とは何ですか?
斎藤 遺伝子はDNAの中にある一部分で、生物のいろいろな遺伝性質を規定する情報のことです。
人間の遺伝子は、約2万−3万個あるといわれています。
──先程のお話では、進化とは遺伝子の変化であるとのことでしたが、遺伝子の −−突然変異−≠ニは、どういったものなのでしょう?
斎藤 例えていえば、写本のようなものです。写本とは、手書きによって本を写すことですが、人間が写すと必ず写し間違いが生じます。次に写した人も間違ったまま写し、さらにその次の人へと間違いがどんどん伝わっていきます。
──人間の場合の写本とは、子孫を残していくことに当るわけですね。
斎藤 そうです。遺伝子も同じように間違った写しができ、少しずつ内容が変っていく、これが突然変異なのです。
──先生は、こうした突然変異が生み出した系統樹を推定する方法を発明されたそうですね。
斎藤 はい、「近隣結合法」といいます。
DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類が連なってできています。これらが突然変異で並び変ることで、遺伝子が変化し、人類の進化が起きるのです。
解明が進む日本人の起源
──先生は日本人の起源についても、DNAのアプローチから解明されていると伺いました。どのような手法で行なっているのですか?
斎藤 中国や台湾など、周辺アジアの国々の人のDNAサンプルと、日本人のそれを比較し、違いを調べています。
また、コンピュータでのデータ解析も、他の研究者と共同で行なっています。
──われわれ日本人の祖先の解明について、これまでもいろいろなアプローチがあったものの、決定打はなかったと聞いております。現在はどのくらい分ってきたのでしょうか?
現代人共通の祖先がアフリカで生れ、世界各地に拡散するまでの道筋。現代人の祖先集団は、生誕の地アフリカにとどまり、人口が増えると、一部がアフリカの外へと移動を開始したと考えられている 〈写真提供:斎藤成也氏〉 |
斎藤 まだはっきりとは分りませんが、大昔は大陸と陸続きだったことから、1万−3万年以上前、ユーラシア大陸から来た人々のDNAが、われわれとつながっていることは間違いないとされています。
縄文人がベースとなって、そこに大陸から来たさまざまな遺伝子がミックスされたのではないかと考えられるのです。
骨研究とDNA研究の違い
──DNA研究の前は、どのような起源調査がされていたのですか?
斎藤 従来の研究の中心は、骨の形の比較です。
縄文時代の人骨や、アイヌの人々を含む現代の日本人との比較が、明治時代から続けられ、今でもなお、進化学研究の重要な手段とされています。
しかし、骨だけでは、似た形態で異なる系統が生じてくる可能性もあります。
──確かに、骨の形は変ることもありますからね。形を決定する遺伝子を比較した方が有効ですね。
斎藤 例えば、明治以降、日本人の身長が著しく伸びたことは周知の通りですが、わずか150年程の間に遺伝子が大きく変ることはないので、この変化は、栄養条件の改善など、環境によるものです。
──遺伝子の場合、骨と異なり、環境によって変化せず、親から子へと必ず引き継がれる。
そう考えると、系統を調べるには遺伝子、環境を調べるには骨が有効ということに?
斎藤 そうですね。最近では、化石の中からDNAを取り出し、分析を行なう研究も進んでいます。
生物の共通性から多様性の研究へ
──それにしても、先生はなぜDNAの研究をされるようになったのですか?
斎藤 私は子どものころから地理や歴史が好きで、学生時代には人類学を学んだこともあって、生命の進化に興味を持ちました。そして、考古学と生物学の両方を学べる遺伝子の研究をするようになったのです。
──最近のご自身の研究で、面白かったものはどういった点でしたか?
斎藤 今まで分らなかったことが、ある仮説を立てることで、すべて解明された点です。サーッと霧が晴れたようで気持ちがいい。
──推理して解いていくという面白さでしょうか。
斎藤 ええ。それに最近では、生物の共通性よりも、多様性を研究する方向に変ってきているため、よりやりがいを感じています。
これまでのDNA研究では、法則が分れば未来予測が簡単で利便性がいいという理由から、共通性が重要視されてきましたが、現在は逆に個々の生物の営みが重要になってきました。
──こうしてお話を聞いていますと、DNA研究というのは、現在から過去へと歴史をさかのぼり、原点を探り出す作業という感じがします。
斎藤 その通りです。
特に私が進化の研究をしていることもありますが、宇宙の始まりから現在に至るまで、すべては歴史です。歴史的な発展の中でわれわれは生きている。
──そういう意味では生物の進化も現在の人間の営みも、すべて歴史で語ることができるわけですね。
斎藤 そうです。
すべての生物は進化をする。私が取り組んでいる進化研究は、個々の生物がどのように営んできたのかを探る−−DNAの歴史学−≠ネのです。
耳アカから日本人のルーツを探る?
──先生の今後の研究テーマについて教えてください。
斎藤 現在取り組んでいるのは、日本人とその周辺の人々との関係をDNAで調べることです。
特に、沖縄の人とアイヌの人が本土の人よりも、骨の形や顔つきなどに共通性があり、DNAも意外と近いのではないか、と考えられているのです。
──それは興味深いテーマですね。
斎藤 はい。その他にも、耳アカの遺伝子についても調べています。
日本人を始め、アジア人の耳アカは、カサカサしたドライ型が大半ですが、一方で、ヨーロッパやアフリカでは湿った湿型の人が多いのです。
──なるほど、面白そうです。
台湾での調査で現地の人と。アジアを中心に遺伝的近縁関係の解析も研究している 〈写真提供:斎藤成也氏〉 |
斎藤 ドライ型か湿型かは、一つの遺伝子によって決まっています。湿型が優性遺伝、ドライ型が劣性遺伝です。数万個ある遺伝子の中のどこにあるのかを現在調べています。
今後は、耳アカについても、日本人の起源と絡めて研究していきたいと思います。
──日本人に多いドライ型が劣性だったのですね。
斎藤 そうです。
実はここでも沖縄の人とアイヌの人に共通性があります。両方とも、ドライ型よりも、湿型タイプの頻度が高いのです。
つまり、双方の耳アカの遺伝子を調べれば、日本人の起源につながる発見があるかもしれないのです。
──なるほど。研究結果を楽しみにしております。
本日はありがとうございました。
『DNAから見た日本人』(ちくま新書) |
斎藤成也先生は、2022年3月31日付けで国立遺伝学研究所を退職されました。
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