こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本人は、微生物の力をうまく生かす 伝統を持った民族です。

発酵で爆弾を作る!−江戸のバイオテクノロジー

東京農業大学醸造学科教授

小泉 武夫 氏

こいずみ たけお

小泉 武夫

1943年福島県の酒造家に生れる。66年東京農業大学醸造学科卒業。現在、同大学醸造学科教授、国立民族学博物館客員研究員、(財)日本発酵機構余呉研究所所長の他、秋田県・山形県・静岡県・茨城県・沖縄県のアドバイザーを務める。日本醸造協会伊藤保平賞、読売新聞社オピニオン賞、三島海雲学術奨励賞、日本発明協会西日本支部会賞、日本発明協会東日本支部会賞等受賞多数。25件の特許を持つアイディアマンでもある。『酒の話』(82年、講談社現代新書)、『灰の文化誌』(84年、リブロポート)、『麹カビと麹の話』(84年、光琳)、『寄食珍食』(87年中央公論社中公文庫)、『発酵』(89年、中央公論社中公新書)、『日本酒ルネッサンス』(92年、中央公論社中公新書)、『酒肴奇譚』(94年、中央公論社)等々単著20冊、共著22冊。農学博士。専攻は醸造学・発酵学。

1994年9月号掲載


バイオテクノロジーの発祥国は日本

──最近、発酵の研究所をおつくりになられたそうですが・・・。

小泉 滋賀県のご協力で余呉湖畔に今年の4月「財団法人日本発酵機構余呉研究所」ができました。理事長には元経済企画庁長官の高原須美子先生を迎えました。21世紀に向けて、われわれ人間の大きなテーマである環境問題、食糧問題、健康問題を微生物の力で解決していこうというものです。言ってみれば「微生物は地球を救う」という研究所です。

──「地球を救う」微生物といいますと・・・?

小泉 微生物にも善玉、悪玉とがありまして、悪玉微生物というのは、いわゆる病原菌みたいなものですが、地球を救うのは善玉微生物です。地球上の全ての生命を支えています。

善玉微生物の主な働きには、まず環境浄化があります。つまり、自然の水や土壌を豊かにする役割です。

食品加工でも善玉微生物は私たちに恵みを与えています。例えば、味噌、酒類、酢、醤油、納豆、チーズ等はみな微生物の発酵を利用してできたものです。

また、医薬品では、抗生物質や抗癌剤、ホルモンといったさまざまな化学物質を作っています。

──微生物は人間生活のあらゆるところで活躍しているんですね。特に日本は微生物の活躍しやすい気候風土ということもあって、微生物との関わりが深いという気がしますが。

小泉 そうですね。微生物の活用という意味では、歴史的に見ても世界の最先端をいっています。微生物の存在は、1673年、レーウェンフックというオランダ人が発見しましたが、日本にはそれより500年程前の平安時代末期から、灰を使って微生物を純粋分離する技術があったんです。酒、味噌、醤油等を作る時に用いる麹カビの種を種麹(たねこうじ)と言いますが、「種麹屋」という商売があって、そういう手法で種麹を作って売っていたんです。世界のどの民族にも先がけてです。

さらに、あの偉大なパスツールが酒の「低温殺菌法」を考案する300年も前に、日本人はすでに「火入れ」と称する低温殺菌法を実践していたということが、奈良興福寺の僧侶によって書かれた『多聞院日記』に残されています。

──微生物の存在を知っていたわけではないでしょうけど、いろいろな試行錯誤の中からそういう技法を確立したんでしょうね。

小泉 そういう意味で日本人というのはとても頭のいい民族ですね。だから私は、バイオテクノロジーの発祥国は日本だと言っているのです。


世界一硬い食べ物「鰹節」も微生物がつくった

小泉 世界一硬い食べ物と言われる鰹節も、まさにわれわれのご先祖様と微生物の偉大な功績です。あの石のような硬さも実は微生物の働きによってできたものです。

──あれはスモークして作るんじゃないんですか。

小泉 燻して乾燥させるだけでは何回やっても表面しか乾かない。内部の水分までは取り除くことができないのです。これでは削っているうちに表面からボロボロ崩れてしまいます。ここに登場するのが麹菌、すなわちカビです。燻して表面が乾いたところで、鰹節をカビ桶に入れますと鰹節の表面にカビが発生するんですが、この時にカビはかなりの水分を必要とします。だから鰹節の内部に残っていた水分を吸い上げてしまうんです。これを何回か繰り返せば、内部の水分は完全に取り除かれ、硬く乾燥することになります。

──あの硬さは、カビの発酵力のおかげなんですね。

小泉 そういうことです。しかも、この手法はほぼ江戸時代の初期、つまりレーウェンフックが微生物の存在を世に発表したのとちょうど同じ頃になるのですから、ほんとにすごいなと思います。

──おかげでおいしい料理も食べられますしね。

小泉 おいしい料理といえば、日本には、発酵を利用した世にも不思議な食べ物があります。石川県の金沢市周辺で作られてる「フグの卵巣の糠漬け」です。有毒な原料を用いる点で極めて特異であり、その有毒物質を微生物によって無毒化し食品にしてしまうという点で大変奇跡的です。トラフグの卵巣一つで、だいたい27人死ぬんですよ。この地方の人たちはそれを集めてきて、塩水に漬けます。そうするとフグの卵巣の中に塩が入っていって代わりに水が出てくる。それとともにフグの毒、すなわちテトロドトキシンが3割ぐらい除去されます。

1年くらい経ってからそれを真水の中に入れると、今度は塩が出て来て水が入るんです。それを糠味噌に漬けて3年置いておくんですが、糠味噌には1グラム中に10億から15億匹の乳酸菌がいまして、それが中に入っていってテトロドトキシンを分解してしまうんです。人間にとっては猛毒ですが、微生物にとっては食べ物にすぎないんです。日本人の、無駄をひとつでも出さないという執念と、何でも食ってしまおうという飽くなき追求が作り出した珍食ですね。

──これは、命がけのトライアンドエラーの繰返しの中からできあがった手法ですね。

微生物とか化学とかの概念は分かっていないけれど、生活の中で知恵を絞る、新しい発想をするという点は日本人は優れています。また、偶然に起こったことをきっかけにして、逆にそれを生活の中で活用していこうとするとても前向きな民族でもあるんですね。

小泉 その通りです。微生物の力、イコール日本人の知恵、力だと考えてもいいですね。


発酵を利用して爆弾を作っていた五箇山の人たち

小泉 微生物の力を活用した日本人の発想の中で一番すごいと思う話が、江戸時代の古文書の中にあります。

越中(富山県)五箇山地方の農家では、慶長10年(1605年)頃から、発酵によって塩硝(硝酸カリウム)、すなわち爆薬を作っていたというのです。

──農家が爆薬作りを?

小泉 昔の農家には囲炉裏がありましたね。この床下2間(約3.6m)四方にすり鉢状の大きな穴を2つ掘りまして、そこに稗穀、藁、枯草等を敷き詰めて、肥沃な土と一緒に鶏や蚕の糞を入れます。それらを交互に積み重ねた後、一番上から貯えておいた人間の小便を大量にかけ、土をかぶせて発酵させるのです。5−6年後には塩硝土というものができますから、これを土桶という檜作りの桶に移し、上から水を満遍なくふりかけ、一昼夜かけて出てきた濾水を釜で煮詰め、草木灰を加えて濾過してまた煮詰め、木綿で濾し、自然乾燥させますと灰汁煮塩硝(あくにえんしょう)というものができるわけです。これを数度精製を繰り返し、できた塩硝を加賀藩へ納めていたんです。

すなわちその生成メカニズムは、蚕糞や鶏糞、人尿に含まれている尿素(CO(NH2)2)が土壌中の微生物の作用を受けて脱炭酸されてアンモニア(NH3)となり、これが酸化されてまず一酸化窒素(NO)となります。さらにこれが酸化されて過酸化窒素(NO3)となり、これに水がついて硝酸(HNO3)になるんです。一方、植物や草木灰には多量のカリウム(K)が含まれていますから、これが発酵によって組織から離れると、硝酸と結合し硝酸カリウム(KNO3)ができるという、実に綿密に計算された高度な化学です。

──これは驚きました。どうしてそんな作り方が分かったんでしょう。

小泉 まさに神がかり的な発想です。おそらく、どこかの農家に放置されていた堆肥が偶然に偶然が重なって、ある時ドカーンといってしまったんでしょうが、それを見逃さないというのがすごい。ノイベルグという人が微生物でニトログリセリンを作り、ダイナマイトを発明したのが第1次世界大戦の終り頃ですが、それよりも400年近く前に日本人は発酵によって爆薬を作っていたんです。誰が最初に作ったのか知りませんが、奇跡的な発明ですね。


インドネシアの食品「テンペ」から老化制御物質が・・・

──やはり日本は、微生物研究や産業のリーダー的存在なんですね。

今後、余呉の研究所では、具体的にどんなご研究を?

小泉 テーマは最初申し上げたように盛り沢山ですが、例えば、「発酵食品と老化制御物質」の研究なんかは興味深いですね。その一例にインドネシアの「テンペ」という食べ物があります。これは大豆を煮て、それに「クモノスカビ」を増殖させた発酵食品です。そのテンペを食べている人たちは、食べていない人たちに比べると相対的に脳隘血、脳梗塞、くも膜下出血といった血液循環系の脳障害が非常に少ないんです。

調べたら、テンペにはトコフェロールという物質が、普通の発酵した大豆に比べ1,000倍くらい多いんですよ。トコフェロールというのは毛細血管をものすごく強くする物質で、これが発酵微生物によって作られているというわけです。

こういうものからヒントを得て、今後すばらしい血液安定剤とか、血管を強化する物質が作り出せるのではないかと思っています。

──待ちどおしいですね。

小泉 もうひとつ言うと、去年、冷夏の影響で米が不作でしたが、宮城県でひとつだけ米がたわわに実った田んぼがありました。これは実は、ハザカプラントというところとわれわれが協力して、生ゴミやし尿を発酵させて完全熟成堆肥を作っているんですが、それを使った田んぼなんです。

──その田んぼの稲は他と比べて根の張りが大きく丈夫で、冷害にもめげなかったそうですね。微生物がわれわれの将来に明るい希望を与えてくれそうなテーマはまだまだたくさんありそうで楽しみです。

「地球を救う」ための微生物の研究に期待しています。今日はありがとうございました。



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