こだわりアカデミー
イヌは、オオカミが家畜化した動物。 縄文時代から、人間の良きパートナーだったのです。
日本犬の起源を探る
岐阜大学名誉教授
田名部 雄一 氏
たなべ ゆういち

1930年、東京生れ。53年、東京大学農学部卒業。同年、農林省畜産試験場技官、61年、農学博士。68年に農林省畜産試験場主任研究員に。同年、岐阜大学農学部助教授、72年にインド国立獣医学研究所客員教授を経て、75年より岐阜大学教授。91年、退官し名誉教授に。98年まで、麻布大学獣医学部教授を務めた。71年日本畜産学会賞、83年日本農学賞、83年読売農学賞、九七年には紫綬褒章を受賞。著書に『性分化とホルモン』(84年、学会出版センター)、『犬から探る古代日本人の謎』(85年、PHP研究所)、『野生動物学概論』(95年、朝倉書店)など。
2000年11月号掲載
西洋犬の輸入で日本犬が減少傾向に
──日本におけるイヌの起源、歴史はどうなのでしょうか。
田名部 以前、日本を始めモンゴル、韓国、台湾、東南アジア、ヨーロッパなど各地のイヌの遺伝子を調べたところ、モンゴル犬や韓国犬が日本犬に近いことが分りました。さらに、日本犬に多く見られる突然変異型の遺伝子が、韓国犬だけに見られたんです。そのことから察するに、モンゴルなど東北アジアから韓国に移入したイヌに突然変異が起き、それが日本列島に入ってきたと考えられます。
しかし、それだけが日本犬のルーツとはいえそうにない。なぜなら、日本犬の一部に東南アジアのイヌと同じ型の遺伝子を持ったイヌもいるのです。
──東南アジアのイヌがどうやって日本にやってきたのでしょうか。
田名部 どういうルートをたどったのかはよく分りませんが、縄文人によって日本列島にもたらされたのではないかと考えられるのです。一方、弥生人とともに突然変異型の遺伝子を持ったイヌが朝鮮半島を経てたくさん入ってきて、先にいた縄文犬と混血し、今の日本犬のもととなったと思われます。その後、古墳時代以後は、外国のイヌの影響を受けず、日本犬が成立していったようです。
──確かに、弥生人は朝鮮半島からやってきたといわれていますから、人の歴史と照合するとぴったりきますね。
田名部 そうなんです。イヌは常に人間とともに移動するので、日本犬の起源から日本人の歴史、ルーツが見えてきます。しかし、古いイヌの型の遺伝子がどうやって日本に入ってきたのかなど、明らかにすべき点がまだまだ残されています。今後、古いイヌの骨のDNA解析などを用いて、調査していかなければいけません。
──イヌと日本人の関わりは、そもそもどうだったのでしょう。
田名部 縄文人の生活の中心は狩猟採取でしたから、イヌを猟犬として使っていたと考えられます。
──その頃の遺跡から、埋葬されたイヌの骨が出てきたという記事を見たことがあります。当時から、人間にとってイヌは重要な存在だったんですね。
田名部 そうでしょうね。確かに、約1万1千年前の遺跡、愛媛県の上黒岩陰遺跡から出てきました。
しかし、今から約2千3百年前の弥生人の時代になると、大きくイヌの用途も変りました。実は、長崎県の原(はる)の辻遺跡から、たくさんのイヌの骨、それも殺されて食べられた跡のある骨が発見されたんです。弥生人は農耕生活をしており、イヌは「食用」としての存在だったようです。
それが6世紀頃になると、仏教の伝来とともに、イヌだけでなくウシ、ウマ、ニワトリなどの肉を食べることが禁じられるようになりました。実際にはその後も、わずかながらイヌを食べる習慣が残っていたんですが、明治時代以降は欧米の動物愛護思想の影響からか、ほとんどなくなりました。
──最近、西洋犬との混血が進むなど、純粋な日本犬が少なくなったようですね。
田名部 そうですね。明治時代から西洋犬が輸入され始め、純粋な日本犬が少なくなりました。昭和初期から保存運動が高まり、秋田犬を始め北海道犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、柴犬、越の犬(後に絶滅)の七品種が天然記念物の指定を受けました。また、絶滅したとされていた薩摩犬、西郷隆盛の銅像のイヌとして有名ですが、これが最近発見され保存運動が起きるなど、各地で日本犬を残そうという動きが盛んに起きています。しかし、すでにたくさんの日本犬が絶滅してしまっています。
──非常に残念なことです。
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