こだわりアカデミー
地味で目立たない“葉っぱ”は脇役に見られがちですが、 実は、さまざまな仕事をする植物の中心的な存在なんです。
「花咲かじいさん」も夢でない?! 季節を知る葉っぱの不思議
甲南大学理工学部教授
田中 修 氏
たなか おさむ
1947年京都府生れ。71年京都大学農学部卒業。76年同大学院博士課程修了。農学博士。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、93年より甲南大学理工学部教授を務める。主に、つぼみの形成や開花の仕組みについて研究している。(社)日本植物学会、植物化学調節学会等に所属。著書に『つぼみたちの生涯−花とキノコの不思議なしくみ』(2000年、中央公論新社)『ふしぎの植物学―身近な緑の知恵と仕事』(03年、中央公論新社)、『雑草のはなしー見つけ方、たのしみ方』(07年、中央公論新社)、『入門 たのしい植物学』(07年、講談社)など多数。NHKのラジオ番組「夏休み子ども科学電話相談」の植物分野の回答者も務める。
2008年9月号掲載
葉っぱは、夜の長さの変化で 季節の移り変りを感知
──先生は「植物生理学」をご専門に研究されていると伺っています。植物に関する書籍を多数ご執筆されているほか、NHKのラジオ番組「夏休み子ども科学電話相談」にも植物の先生としてご登場されているそうですね。
そもそも、「植物生理学」とはどのような研究をする学問なのですか?
田中 ひと言でいえば、植物の生き方について研究する学問です。植物は人間と違って動くことはできませんが、毎日成長して、花を咲かせて種をつくり、子孫を残しています。
シンプルに見えるあのからだの中では、実はすごいメカニズムが働いているんです。
──と、いいますと?
田中 例えば、たいていの植物は、春や秋に花を咲かせますよね。これは、寒さに弱い植物は、冬を種子で過すために秋に花を咲かせて、暑さに弱い植物は、夏を種子で過すために、春に花を咲かせているのです。
種子は、不都合な環境をしのいで生きていくことができますから、植物は季節を先取りし、タイミングをみて花を咲かせているんです。
植物は夜の長さを計って季節を先取りし、タイミングをみて花を咲かせている。写真は、アサガオの葉に一定時間の暗闇を与えたもの(左)と与えていないもの(右)〈写真提供:田中修氏〉 |
──本格的な暑さ、寒さがくる前に、花を咲かせて実をつける時間を計算しているわけですね。しかし、植物が季節を先取りするなんて、いったいどのような仕組みになっているんですか?
田中 「葉っぱ」が季節の変化を感じ取っているんですよ。
「花」や「実」に比べ、地味で目立たない「葉っぱ」は脇役のように思われがちですが、実は、植物の生涯で、葉っぱの活躍は必要不可欠。さまざまな仕事をする働き者なんです。
──葉っぱがどうやって季節を知るのでしょうか?
田中 葉っぱは、夜の長さを計って季節の訪れを予知しているんです。夜の長さは、温度より2か月前に変化します。夜は夏至の日に一番短くなり、その後に暑くなります。一番夜が長いのは冬至ですが、寒いのはその後です。
植物がどの部分で夜の長さを計っているかを調べるため、「葉」「茎」「芽」「根」にそれぞれ暗闇を与える実験をすると、葉っぱに一定時間の暗闇を与えた時にだけ、つぼみができるんです。
──なるほど・・・。ですが、花を咲かせるのは葉っぱから離れた「芽」ですよね。すると、葉っぱから「芽」に「つぼみをつけなさい」といった信号でも送っているのですか?
田中 その通りです。葉っぱからつくられる「フロリゲン」という物質が、「夜の長さの変化を感じた」という信号を芽に伝えているんです。
この物質は70年も前から「ある」といわれ続けているのですが、なかなか発見されませんでした。しかし、最近では、活性化された遺伝子の産物が移動しているという説が発表され、その遺伝子も発見されています。
──それはすごい。その物質を抽出させることができれば、つぼみをつけさせるタイミングを人間がコントロールすることもできるわけですね。まさに「花咲かじいさん」も夢ではない・・・(笑)。
葉っぱも汗をかき、体温を調節している
──ところで、葉っぱは太陽の光を使って光合成をしていますね。しかし、いくら必要だからといっても、この真夏の炎天下の中でずっと光にさらされていては、植物達も辛いのではないかと思うのですが・・・。
田中 植物も生き物ですので、私達人間と同じように、さまざまなストレスと戦っています。中でも一番こたえるのが、おっしゃる通り夏の「暑さ」。そこで、植物達は暑さをしのぐため、「汗」をかいています。
太陽の光が強すぎて、葉っぱの温度が異常に高くなってしまいそうな時は、葉っぱが大気中へ水蒸気を放出させる「蒸散」をして、温度を下げているんです。
オジギソウやカタバミ、クローバーなどの植物は、葉っぱを朝に開き夜に閉じる性質をもっている。これは、葉っぱは開いた状態だと蒸散によって水を失うため、光合成のために必要な太陽の光がない夜には、閉じて蒸散を防いでいる、といったさまざまな説がある。写真は開いているクローバー(左)と閉じているクローバー(右)〈写真提供:田中修氏〉 |
──人間と同じように、葉っぱも汗をかいて体温を調節しているんですね。そういえば、真夏でも、葉っぱを触ると冷たく感じます。
他にはどんな仕事を?
田中 葉っぱの役割で何よりも重要なのは、光合成をすることでブドウ糖やデンプンをつくり、植物を成長させること。100mを超える巨大な木も、一枚一枚の葉っぱが栄養をつくって育てているんです。
──葉っぱはあの薄いからだの中で、多くの仕事をしているんですね。
そもそも、私達動物は元を正せば植物を食べて生きているわけで、植物は生命の源と呼んでいい存在ですよね。すると、葉っぱは地球生命の主役といっても過言ではない。
田中 そうですね、植物が私達を養っているといえます。さらに、地球温暖化対策としても葉っぱが活躍してくれているのは、ご存じの通りです。今後は、植物と人間がいかに共生していくかが課題になるでしょう。
しかし、多くの人々は、緑化することの「価値」は理解していると思うのですが、緑化することによって得られる「喜び」を知らない。日々、植物と接していると、成長を見る喜びや、新しい発見の喜びがあります。「一生幸せでいたかったら『庭師』になれ」、なんて諺もある程です。
──屋上緑化や壁面緑化、また日差しをやわらげる「緑のカーテン」なども見受けられるようになってきましたが、それらは遮熱や温暖化対策としての効果だけでなく、植物の生き方や成長を見る「楽しみ」にもなりますね。こうした喜びをもっと知ることで、緑化がさらに進んでいけばいいのですが・・・。
モミジが赤く色づくのは 新しい芽を守るため
──葉っぱといえば、秋に色づくことで、人間を楽しませてくれるものもあります。イチョウやモミジの葉が緑から赤や黄に色づくのは、なぜなんでしょう。
田中 実は、イチョウとモミジの色づきは全く違った仕組みなんです。イチョウの葉は、黄色の色素をもともと持っているのですが、葉っぱの緑色が黄色に勝っているため、普段は緑色に見えています。ですから、イチョウの葉はどんな木でも同じように黄色く色づきます。
一方、モミジの色づきは場所によって美しいものと美しくないものがある。これは、モミジの赤い色素が、後からつくられるものだからです。
赤い色素がつくられる条件は2つあります。1つ目は、昼と夜の温度差が激しいこと、2つ目は紫外線がよく当ることです。そのため、モミジの名所は山の中腹に多かったりと、すべて一定ではないのです。
──確かにイチョウに比べてモミジは個体差があります。しかし、そもそも赤い色素は何のためにつくられるのですか?
田中 赤い色素は、花びらや果物にも含まれている「アントシアニン」という物質です。この物質は、紫外線からからだを守る効果があります。そのため、光を浴びれば浴びる程アントシアニンが多くつくられ、葉や花びらがきれいに色づくというわけなのです。
葉っぱの付け根には、次の年を生きるための「芽」があります。モミジの葉っぱはアントシアニンを多くつくって、その大切な「芽」を紫外線から守っているといえます。
──モミジの美しい色づきは、次の世代を守る葉っぱ達の戦いの証しなんですね。
ところで、今、先生が力を入れておられる研究テーマは何ですか?
田中 オガクズではなく、ガラス玉や球状木材を使ったキノコ栽培について研究しています。オガクズは、地球温暖化対策で樹木の伐採が難しくなるため、今後使えなくなる可能性が高い。また、現在、中国産と日本産のキノコの競争が激化していますが、オガクズを使わないで栽培することで差別化を図れますし、これらは洗うことで何回も使えるため、地球にも優しいんです。
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──キノコの栽培にオガクズは必要不可欠だと思っていましたが、このようなきれいなガラス玉からでも栽培ができるんですね。
実用化されて、おいしいキノコがたくさん栽培できるようになるといいですね。本日はどうもありがとうございました。
『葉っぱのふしぎ』(サイエンス・アイ新書) |
『植物のかしこい生き方』(SB新書) |
田中 修先生が、2018年7月7日に新著『植物のかしこい生き方』(SB新書)を上梓されました。 田中 修先生は、2024年3月に甲南大学をご退官されました。
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