こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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独自のテクニックを用いて、 ブラジルの岩塊から世界最古のウミガメ発見!

カメの化石から恐竜の生態もわかる

早稲田大学国際教養学部教授

平山 廉 氏

ひやらま れん

平山 廉

1956年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、京都大学大学院地球科学研究科で古脊椎動物学を専攻し、化石爬虫類、とくにカメ類の系統進化を研究。帝京技術科学大学講師、帝京平成大学助教授、早稲田大学国際教養学部助教授を経て、2006年より現職。古生物学者。理学博士。生命の歴史学を担当するほか、講演や発掘調査など全国で幅広く活動している。著書に『最新恐竜学』(平凡社新書)、『痛快!恐竜学』(集英社インターナショナル)、『カメのきた道』(NHK出版)など。

2015年1月号掲載


省エネ型で長寿。そこがカメの魅力です

──先生は化石をもとに、古生物の研究をされていると伺っています。化石というと、アンモナイトや恐竜、三葉虫などが浮かびますが、先生のご専門はカメだとか…。なぜカメを研究されるようになったのですか? それこそ古生物といえばまず恐竜が浮かびますが…。

平山 私も最初は恐竜の研究に興味がありました。ところが、恐竜は化石などの研究材料が少ない。ある時、大学院の指導教官から、カメの化石が手元にあるからこれを研究しなさいとすすめられたのです。当時は、恐竜や他の爬虫類研究の糸口程度としか考えてなかったのですが、やりだしたらカメは実に興味深い。しかも他にカメを専門にやっている人もいなかったため、カメの化石がどんどん持ち込まれるようになって…。

──もう続けるしかないと(笑)。カメの化石はけっこう見つかるものなのですか?

岐阜高山で出た1億2千年前(白亜紀)のカメの化石。甲羅の左上に頭も残る

平山 実はとてもたくさん出てきます(笑)。国内で恐竜の化石が出る場所であれば、恐竜1に対してカメは50程度の割合で発掘できます。一昨年から岩手県の久慈市で調査していますが、ここもカメが多く出る場所なんですよ。

──そんなにたくさん! しかも恐竜と同じ場所からとは。ということは、カメは恐竜と同じ時代、同じ場所で生きていたということでしょうか?


平山 そうです。カメの最初の祖先は、恐竜と同じ時代に現れたと考えられています。恐竜は絶滅したため、もはや生きている状態での研究はできませんが、カメは現代でも生きている種類がいます。そのため、現代のカメ類をもとに恐竜と同じ場所で出たカメの化石を研究すれば、恐竜が生息していた環境なども推測することができるんです。例えばカメは寒さに弱いので、恐竜が生きていた場所もそれほど気温が低くはなかったとみられています。

──なるほど。カメの化石から恐竜の生態も探ることができるというわけですね。では、先生を虜にしたカメの進化の面白さとはどういうところですか? カメといえば、長生きでのんびりと生きているイメージがあるせいか、昔からあんまり変わっていないんじゃないかという気もしますが(笑)。

平山 まさに、その「長生き」こそが面白いんです。2億3000万年ほど前、陸上の脊椎動物は3つの進化の過程を辿りました。1つは恐竜に代表されるように、極限まで体を大型化し強くなる道を選び、2番目は哺乳類のように極端に小型化し、知能を発達させ、絶え間なくエネルギーを補給し続ける生き方を選びました。ところがカメは、大きくなることもせわしなく動き回ることもせず、エネルギーをあまり使わない「省エネ」体質になりました。エサがなくてもひと月ほどの絶食も可能という低代謝のため、同じ大きさの哺乳類ではありえないほどの長寿を手に入れたのです。

──独自の進化を遂げたと…。実際、カメはどれくらい長生きするものなのですか?

平山 動物園で飼育されていたガラパゴスゾウガメでは200年という記録があります。正確な記録はほとんどないのですが、一般的にカメは50年くらいは生きるといわれていますね。

──200年とは驚きです!

化石を含む石。丸で囲った部分に黒っぽい骨が見えている

1mm単位の地道な作業から、『ネイチャー』掲載の大発見へ

──カメの化石はどうやって見つけるのですか? やはり岩などから掘り出すのでしょうか?

平山 地層によっては石灰質の岩石の中に入っていることもありますので、そういう場合は、薬品を使って化石を取り出します。

──ほう。薬品を使うとは、どのように?


平山 石の種類にもよりますが、ギ酸や酢酸を薄めたものに浸して、石を少しずつ溶かしていきます。1日浸した後、さらに1日流水で流して乾燥させると岩から骨が少しずつ出てくる。それを薬品や接着剤を用いて強化します。1回の処理で出てくる骨は1~2㎜程度なので、延々とこの作業を繰り返します。

──気の遠くなるほど地道な作業ですね。

平山 はい。でも実は、そのテクニックを日本で取り入れたのはおそらく私が最初です。海外ではそうした方法があると知られていましたが、私が大学院生だった当時は、日本で化石研究といえば石の表面を眺めているしかありませんでした。指導教官から預かったカメの化石も最初は石の中に入っていて、見たら薬品で溶けそうな石だなと。

──溶かしてみたくなったわけですね(笑)。

守りを固めるカメの究極の進化ともいえるハコガメの化石。甲羅が蝶番で開閉できるようになっている

平山 はい。中の化石をどうしても見たかったので「ぜひやらしてください」と、半年かかって全部取り出しました。今はCTスキャンという技術も使われますが、画像処理の段階でどうしても人間の解釈が入ってしまう。だから今でも私は実物が一番説得力があると思っています。

──先生が薬品を使う方法を導入したおかげで、きっといろいろな発見につながったのでしょうね。先生ご自身が今までに見つけたカメの化石で一番の大物は?

平山 世界最古、白亜紀前期の新種のウミガメ「サンタナケリス」です。イギリスの科学雑誌『ネイチャー』にも論文が掲載されました。恐竜でも人類でもなく、カメで『ネイチャー』に載ることができるなんて、非常に光栄なことだと思っています。

──それはすごい! 具体的にはどういった発見だったのですか?


平山 1992年に、懇意にしていたイタリア人の化石標本業者から、かなりよい状態の化石が入っていそうなブラジル産の岩塊(ノジュール)を手に入れたんです。最初は固い岩の割れ目からしか確認できなかったのですが、頭や四肢も残っていそうで、見たときから新種の予感はありました。クリーニングを始めてみて、頭の形から南半球では未発表の種類で、前足からウミガメだと判明。さらに、そのノジュールが出てきたのは、これまでウミガメの化石が見つかった一番古い地層より1000万年以上古い地層だったこともわかったのです。

──つまり世界最古のウミガメだった!

平山 はい。加えて、頭骨の形から、涙腺が今のウミガメ並に発達していることも見て取れました。このことから、ウミガメが陸から海に進出するときに最初に起きた大きな変化は、塩分濃度を調整するための涙腺の肥大化だったということもわかったのです。

世界最古、白亜紀前期の新種のウミガメ「サンタナケリス」の化石

──なるほど。世界最古というだけでなく、ウミガメ誕生の秘密にも迫る大発見だったのですね。
次はどんな謎に迫ろうと?

平山 恐竜が生きていた時代のウミガメは、地域ごとに種が違うんです。立派な鰭を持っていた種もいるので、それほど泳ぎが下手だったとは考えられない。だからなぜ種が多いのか…。

──まだよくわかっていないと…。でも、もしその謎が解明されて当時の環境がよりわかるようになれば、さらに恐竜の生態にも近づけるかもしれませんね。最近の恐竜像は、従来のイメージからずいぶんと変わってきていると聞いています。先生のカメの研究から、また違う恐竜像が見えてくることを、ぜひ願っております。
本日はどうもありがとうございました


近著紹介
『カメのきた道』(NHK出版)

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