こだわりアカデミー
色に対するイメージは、文化、国家を超えて 世界共通なんです。
色彩イメージは国境を越える
色彩心理学者 武蔵野美術大学造形学部教授
千々岩 英彰 氏
ちぢいわ ひであき

1938年、佐賀県生れ。61年、東京教育大学教育学部卒業。東京都立大学大学院博士課程修了。色彩心理学専攻。日本色彩研究所研究員を経て、現在、武蔵野美術大学教授。日本デザイン学会評議委員、日本色彩学会、日本心理学会会員。著書に『おしゃれ上手の色彩手帖』(96年、宝島社)、『人はなぜ色に左右されるのか』(97年、河出書房新社)、『世界の色彩感情事典』(99年、河出書房新社)など。
2000年3月号掲載
人間は800万色もの色を識別できる!?
──先生の著書『人はなぜ色に左右されるのか』を読ませていただいて、私達の身の周りにはたくさんの色が溢れているんだということを改めて気付かされました。また、私達は色というものに敏感で、ファッションはさることながら、車や携帯電話などにもさまざまな色を求めていますね。
千々岩 おっしゃる通り、最近はコンピュータにまでカラフルな色が使われており、商品に色の多様性が出てきました。やはり、性能も大切ですがデザインや形状、そして特に色が重視される時代で、色が購買意欲を左右しています。
──先生の著書にもあったように、色と人間の心は関連しているということですね。本日はその色と心理の関係についてお伺いしたいと思いますが、その前に「色」とは一体どういうものなんでしょうか?
千々岩 色というのは、光を網膜でとらえ、それを脳で情報処理する産物です。そういう生理的な研究は、脳の研究と相まって、人間に色を識別する仕組みがあるということまで解明され、私達は100万とも800万ともいう数の色を識別できるともいわれています。
──色と心理の関係の方はどうでしょう?
千々岩 皆さんも感じたことがあると思いますが、色は「暖かい」とか「冷たい」、「下品」、「高級」などのような印象、イメージを人間に持たせたり、さまざまな物を連想させたりしてくれます。これは人間の深層心理に関わっているとみられていますが、生理的な仕組みを解明することとは違い、なかなか解けないのが現状です。
色のイメージを最初に論じたのはゲーテだった
──そういう難しい分野で、先生は世界的にも著名な研究者でいらっしゃいますが、最近、国際的な調査・研究をされたそうですね。
千々岩 はい、色に対する好き嫌いの感情に国民性の違いはあるのかなど、色に対する感情の国際比較を行ないました。この調査・研究は、通産省から研究費をいただいて、平成7年から8年にかけて世界20か国に及ぶ60の大学で、美術やデザイン、建築を学ぶ学生約5,500名を対象に、47種類の色を見せてその色彩の記憶や意味、イメージ、好みなどを答えてもらったのです。
──大がかりですね。こういった調査・研究は世界でも初めてだとか。
千々岩 実は色と感情、イメージとの関係を初めて詳しく論じた人が、かの有名なドイツの詩人、ゲーテでした。彼は「赤は威嚇的な恐ろしい色。夕焼けの色は恐怖や危険、闘争を象徴する」とか「黒は悲しみの色」などと述べているんですが、世界的にこれを調査した例はないのです。
──それだけ大変な調査ということなんでしょうね。
千々岩 ですから調査には苦労しました。しかし、その甲斐あってか意外な結果になりました。実は、各国の若者の色彩感情はよく似ていたのです。というのは、43項目の質問回答を分析したところ、ほとんどの質問において約7割の回答が一致したのです。例えば、「晴れた日の空の色は?」という質問に対し、ほぼ70%の回答者が「ごくうすい青」と答え、「危険を表す色は?」に「赤」、「孤独」は「黒か暗い灰色」という点でもほぼ一致したのです。また「最も好きな色は」という質問では、青がトップに挙げられ、続いて赤、黒…と、原色を好む点でも共通しています。
──ゲーテの言った通りの結果が世界的に証明されたということですね。もう少し国による個別性、多様性があるのではないかと思っていました。これだけの共通性が出たのはなぜでしょうか?
千々岩 好みの色が共通している点に関しては、人種や環境などに関係なく人間の本能的な機能の中に、ある色に対して最も強い反応を起こすといったような普遍的な要因があるのかもしれません。また「空は青い」などの認識は、教育的、学習的な要因があるのではないかと思います。今後さらに国際交流が盛んになり、情報の共有化が進めば一層、同一性を帯びていくでしょうね。
「優雅さ」を表す色は日本ではピンク、欧米では黒
──色彩感情がまったく世界共通になるのは、ちょっと淋しい気がしますね。
千々岩 ただ、国ごとにその詳細を見ると、多少の違いがあることが分るんです。
例えば、好きな色はどの国も先ほど言った青や赤などで共通していますが、もっと個別に詳しく見ると、中国、ラオス、バングラィデシュでは白を最も好み、欧米諸国、オセアニア諸国は白をそれほど上位に挙げません。またロシアやフィンランド、オランダ、ポルトガルなどは黒を最も好み、日本、ドイツ、イタリアは、青紫や黄、赤など鮮やかな色を最も好む傾向にあるようです。
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世界的に好む色は似ているが、国別に詳しく見てみると、日本、ドイツ、イタリアは青紫、黄、赤など鮮やかな色を最も好み、中国、ラオス、バングラデシュは白や淡い色、欧米やオセアニア各国は濃いオレンジ、濃い青紫、灰色など暗く濃い色を好む傾向にある |
また、例えば「優雅さを表す色は」という質問には、世界的には黒、白の回答が多いのですが、日本を始めアジアは紫系のピンクを挙げています。
──これはどういうことを意味しているのですか?
千々岩 紫系のピンクは「教養を持ったご婦人」のイメージからくるようです。一方、黒は「黒を着た紳士」という意味合いがあり、欧米などはずばり黒を挙げています。ですから外国の化粧品は高級感を出すためにパッケージには黒を使うところが多いでしょう。
──アジアは女性をベースに、欧米では男性をベースに考えたということなんでしょうか。
千々岩 そうです。生活や文化で色へのイメージも変るようです。例えば、「家庭」という言葉に相応しい色を選ばせたら、世界的に赤系の色を選ぶところが多かったのですが、アメリカの学生の一割が「青」を選んだ。これは家庭を仕切る人のイメージが母親、つまり女性系に限られず、父親など男性をイメージする人もいるということの現れです。
ですからこの調査から、アジアからは母系文化、欧米からは父系文化を垣間見ることができたのです。
──なるほど、いわゆる色彩感情には、人間としての普遍的な面、学習的面、そして文化・社会的な面があるのですね。
千々岩 確かにそういうことが言えますね。特に「献身」に相応しい色は何かという問いでは、非常に面白い結果が見られました。
まず中国は赤だったんです。これは何を表していると思います?
──国旗の色ですよね?
千々岩 そうなんです。彼らはまず第一に国を思い、「国に捧げる」という意識があるようです。また日本ではピンク系で、先ほどと同じように母親を思い起こすようです。そして欧米では青。この場合の青はキリスト教のシンボルカラーの意味があると思われます。ヨーロッパやアメリカ、ニュージーランド、イギリスなどで国旗に青を使っていますよね。
──一つずつ拾っていくと、非常に面白いことが見えてきますね。
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「献身」という言葉に相応しい色は何かという質問では、各国の文化や社会を映し出す特徴的な回答が見られた |
千々岩 そうでしょう。欧米の「献身」の青は、柔道着にも現れており、最近、白ばかりでなく青も見られるようになりました。日本では神道的精神を背景に「柔道=白」となっているわけで、当初、日本の柔道協会は「譲れない」と言い張ったのです。しかし、欧米では青が同様の意味で柔道の精神を表すと考えれば、相互に認め合わないといけない。今ではそういう方向に意識が変りつつあります。
──確かに、柔道は今や日本だけのスポーツではなく、世界的なものになっているのですから、他国の価値観も受け入れていかないといけませんね。
千々岩 これは柔道着に限ったことではなく、いろんなことに当てはまるでしょう。色は言語以上に、21世紀の有力なコミュニケーション手段になると思います。その代り、その国におけるその色の持つ意味、背景を理解した上で、適切に選ぶことも必要になってくるでしょうね。
──また、悲しみを表現するのにピンクではおかしいように、色の世界共通概念も勉強しないといけませんね。
最後に先生の今後のご研究テーマは?
千々岩 この国際的な色彩感情の調査・研究をベースに、例えば、室内の壁や天井、調度品に使っている色の快適性は百点満点でいうと何点かなどが換算できるようなソフトづくりを行なって、実用化を目指しています。
──われわれの実生活だけでなく、新しいビジネスの材料としても活用が期待されますね。
本日はありがとうございました。
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