こだわりアカデミー
モアイをつくったイースター島の先住民。 実はわれわれ日本人とルーツは同じなのです。
太平洋の島々に拡散したポリネシア人
京都大学名誉教授
片山 一道 氏
かたやま かずみち

1945年京都生まれ。69年京都大学農学部農林生物学科卒業、74年京都大学大学院理学研究科修士課程修了、75年大阪医科大学医学部助手、79年京都大学理学博士、80年大分医科大学医学部講師、82年京都大学理学部助教授、96年同大学霊長類研究所教授、2004年同大学大学院理学研究科教授、09年同大学名誉教授。専門分野は自然人類学、骨考古学で、ポリネシア人の起源に関する研究などを行う。現在は、立命館大学、奈良大学などで非常勤講師を務める。著書に『ポリネシア海と空のはざまで』(東京大学出版会)、『古人骨は語る』(角川ソフィア文庫)、『海のモンゴロイド』(吉川弘文館)など。
2013年8月号掲載
片山 ええ、そうです。
ラピタ人は、太平洋各地に広がった世界初の航海民族で、ラピタ土器という独特の装飾土器を持つことで知られています。タロイモなどを栽培する農耕民族でもあり、海洋活動に特化した文化を持っていました。航海術を駆使してわずか500年ほどの間に、バヌアツ、ニューカレドニア、フィジー、トンガやサモアの島々に拡散し、ラピタ文化を広く展開したのです。しかし、その文化は、2000年前にこつぜんと姿を消してしまいます。
──彼らは土器文化を捨てて、次の世界に船出していった…ということですね。それが、ポリネシア人と呼ばれる人々ですか。
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片山 その通りです。その後、彼らは太平洋を東進、マルケサス諸島やタヒチ、そして北のハワイ諸島、西のニュージーランドまで拡散し、無数の島々を制覇していきました。一番東端のイースター島にたどり着いたのが、今から1500年前のことになります。
──人類の歴史から見ると、ポリネシア人の拡散というのは、つい最近の出来事だったんですね。
片山 はい。南米の先端には、すでに1万年くらい前から人が住んでいましたし、北極近くでは1万5000年前から、さらにオーストラリアでは、5万年くらい前から定着していたといわれますから、その意味で、ポリネシア人の拡散は、人類の地球開拓史の最後を飾る大イベントだったといえます。
自然条件を利用した高度な航海技術
──それにしても、太平洋の島々は孤島ばかりです。大型の帆船や海図、羅針盤もない時代に、どのように遠洋航海をしたのですか?
片山 航海手段は、カヌーを改良したダブル・カヌーといわれる2つの船体を板でつないだものを使用していたといわれています。大きいものになると、全長30mに達し、新天地開拓のため、食料や園芸植物、飼育する家畜などを載せて旅していました。
航海術は、鳥が飛ぶ方角をはじめ、星や太陽、月などの天文現象と、風や波、雲などの自然現象を最大限に利用したと考えられています。
──自然条件を利用するだけで、何千kmも離れた島々を旅するなんて、すごいことですね。それにしても、どうしてそんなに苦労してまで航海に出たのでしょうか?
わざわざ危険を冒してまで行く必要があったのか…。
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『海のモンゴロイド』(吉川弘文館) |
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『骨が語る日本人の歴史』(筑摩書房) |
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『ポリネシア海道記』(臨川書店) |
※片山一道先生が、2019年7月31日に『ポリネシア海道記』(臨川書店)を出版されました(編集部)
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