こだわりアカデミー
約8300年前、岩陰や洞窟で暮らしていた縄文人。 その生活実態に迫る
国内最古級の埋葬人骨を発掘!
国学院大学文学部教授
谷口 康浩 氏
たにぐち やすひろ

1960年生まれ。83年国学院大学文学部史学科卒業。85年同大学大学院文学研究科(日本史学専攻)博士課程前期修了。87年博士課程後期中退。2007年国学院大学文学部教授文学部准教授。12年より現職。『環状集落と縄文社会構造』(學生社)、『縄文時代の考古学』全12巻(共編著、同成社)、『縄文時代の社会複雑化と儀礼祭祀』(同成社)などの著書がある。
2017年5月号掲載
長年堆積した灰が骨を保存。より古い人骨が見つかる可能性も
──先生は、先史考古学、中でも縄文時代の文化や社会についての研究がご専門で、昨年9月には群馬県の縄文遺跡で大発見をされたそうですね。国内最古級の埋葬人骨ということで、ニュースでも大きく取り上げられていました。
谷口 群馬県長野原町の「居家以(いやい)岩陰遺跡」から、ほぼ完全な状態の埋葬された人骨を発掘しました。放射性炭素年代測定により、縄文時代早期に当たる約8300年前のものと判明しています。これだけ古い埋葬人骨が完全な状態で出土したことはこれまでほとんどありませんでした。
──それは貴重ですね。でも、なぜそこにそのような完全な状態で残っていたのでしょうか?
谷口 一般的に日本の国土には人骨が分解しやすい酸性土壌が多いのですが、この遺跡では、縄文人が長期間暮らしていたことで灰が堆積し、土壌が、骨が溶けにくいアルカリ性に変化したため、埋葬人骨がよく保存されたと考えられます。
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「居家以岩陰遺跡」の様子。岩陰遺跡とは、張り出した岩盤下のくぼみを、天然の住居として利用した遺跡。特に群馬・長野・新潟をまたぐ山地で多く見られる〈写真提供:谷口康浩氏〉 |
──灰が大量に堆積するとは、縄文人はどのくらい長い間、そこに住んでいたのでしょうか?
谷口 出土した遺物の型式から、約1万4000年前から5500年前までの時期に最も盛んに利用されたと見ています。
──かなりの長期間ですね。だとすると、8300年前よりもっと古い人骨が見つかる可能性もあるのでは?
谷口 おっしゃる通りです。現在、完全に発掘したのは成人女性と見られる1体のみですが、周囲約4m四方に少なくとも5体が埋まっていることを確認しています。このほかにも多数の人骨が埋葬されていると推定され、調査範囲を広げれば、今後もっと古いものが見つかるのではないかと期待しています。
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発掘は2014年より、毎年夏休み時期に実施している〈写真提供:谷口康浩氏〉 |
──岩陰で暮らしていたというのも少し意外だったのですが…。
谷口 はい。張り出した岩盤の下のくぼみを利用して雨風をしのいでいたようです。いわば天然のシェルターです。縄文時代は定住化が始まった頃で、後半になると平地で大規模な集落が形成されますが、前半はこうした岩陰や洞窟がよく利用されました。特に群馬・長野・新潟をまたぐ山地に多く見つかっています。
骨を復元・分析することで、体型・顔立ちから病歴や労働環境まで分かる
──発掘された人骨は、なぜ埋葬されていたと分かったのですか?
谷口 人骨は膝を折り曲げ、身体を丸めて、人為的に掘った穴の中に埋められていました。縄文時代に見られる「屈葬」という特徴的な埋葬形式です。
──なるほど。しかし、人間はそのような古い時代から死者を弔う文化を持っていたのですね。
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群馬県の「居家以岩陰遺跡」から発掘された国内最古級の埋葬人骨。膝を折り曲げ、身体を丸めて、人為的に掘った穴の中に埋葬されている状態で発見された〈写真提供:谷口康浩氏〉 |
谷口 ええ。私は、縄文人は亡くなった人の魂をとても大事にしていたと思います。生活空間に遺体を埋めていることがその証拠です。
──といいますと?
谷口 この遺跡より後の縄文時代には、ムラの中央に集団墓地を設けてその周囲を住居で囲む「環状集落」という形式の集落が出現しています。生活空間に遺体を埋めることで、亡くなった人とのつながりを大事にしていたと考えられ、それを裏付ける証拠もたくさん見つかっています。こうした習俗は、弥生時代以降には見られなくなり、次第に死を忌むべきものとして考えるようになって、生活空間から墓地を遠ざけていったのです。
これまではこの環状集落以前の縄文人の死生観ははっきりしていなかったのですが、今回、この人骨が見つかったことで、少なくとも8300年前には、環状集落と同様、死者を身近に感じ大切に扱う死生観を持っていたと考えられるようになりました。
──なるほど。国内最古級の埋葬人骨のおかげで、初期縄文文化研究の新たな扉が開かれたわけですね。
谷口 はい。また、それだけではなく、発掘した人骨を詳しく分析することで、当時の縄文人の実像や生活実態に迫ることもできます。今、東京大学の近藤修准教授(形態人類学)に依頼し、人骨・歯の形態から体型、顔立ち、年齢などを復元しているところです。さらに骨の傷や病気の痕から、生前の健康栄養状態、病歴、労働環境などが分かる可能性もあります。
──労働環境までとは、骨ひとつからずいぶんといろいろなことが分かるものですね。
谷口 はい。もっと言えば、人骨だけでなく、遺跡から出土した土器片や石器、ニホンジカやイノシシの骨、植物の種なども初期縄文人の生活実態を知る重要な手掛かりとなり得ます。
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埋葬人骨を発掘している様子。3次元計測を行い、出土状態を詳細に記録しながら骨を掘り出していく。非常に時間と手間がかかる作業だという〈写真提供:谷口康浩氏〉 |
──生活実態というと…?
谷口 例えば、土器片からは食生活の内容が復元できます。縄文人は土器を煮炊きに用いていたため、内側にお焦げや脂質など、その形跡が残っているのです。
──それらを分析すれば、縄文人がどんな動物や植物を食べていたかを知ることができるというわけですね。
縄文人の生活文化はエコロジーの源泉。現代人の生きるヒントに
──お話を伺っていると、考古学の研究では思った以上に先端技術が導入されているようですね。これまで謎だった縄文という時代が、これからはどんどん解明されていくのでは?
谷口 そうですね。特に先史時代の分野では、今まで分からなかった新たな事実が解明されてくる可能性が高いと言えます。研究が進むことで、縄文文化に関心を持ち、その魅力に気付いてくれる人が増えることを願っています。
──先生がおっしゃる縄文文化の魅力とは?
谷口 現代人が自らの生き方や豊かさを考え直すヒント、とでもいいますか…。縄文人は約1万4000年もの間、自然資源を巧みに利用しながら、日本列島の風土に適応して生きていました。今、さまざまな技術が進歩する一方で、里山での持続可能な生活が見直されていますが、縄文人の生活文化は、こうしたエコロジー的な考え方の源泉といえるのではないかと思います。
──確かにその通りですね。
谷口 また、効率ばかりを求めない縄文人の精神性からも学べることもあると思います。
──と、おっしゃいますと?
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谷口 土器を例にとると、弥生時代の土器が使いやすさを重視したつくりであるのに対し、縄文土器には機能性を度外視したデザインがよく見られます。土器と土偶が融合した例などが最たるものです。おそらく、母体を表わす土偶の中で調理をすると神秘的な力が湧くと信じられていたのでしょうが…。
──確かに、現代人にはなかなか理解できない感覚ではありますが、その一方でとても豊かな精神性も感じられます。言われてみれば、現代人のわれわれはどこか生き急いでいる印象を受けます。一方、アーティストなどを中心に精神的文化を再度考えようという人たちも出てきているようで、縄文文化を知ることが、自身の生き方を見直すことに通じるということはあるのかもしれませんね。
本日はどうもありがとうございました。
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