こだわりアカデミー
全く新しい概念から生れた「先端研」。 活性酸素の研究では、初めて理論から薬をつくり出すことに 取り組んでいます。
活性酸素と抗酸化物
東京大学先端科学技術研究センター センター長
二木 鋭雄 氏
にき えつお

1939年大阪府生れ。63年東京大学燃料工学科を卒業後、同大学大学院工学系研究科燃料工学を専攻し68年博士課程を修了。同年同大学工学部助手。69年スタンフォード研究所客員研究員、75年同大学工学部助教授を経て86年教授に。90年先端科学技術研究センター教授、今年センター長に就任。工学博士。石油学会論文賞、油化学技術論文賞、ビタミン学会賞を受賞。
1997年12月号掲載
他の大学では見られない学際性が特色
──先生は今年この先端科学技術研究センター(以下、先端研)のセンター長に就任されましたが、まず最初に、どのような経緯で設立されたのかお伺いしたいと思います。
二木 設立されたのは1987年です。もともとここには宇宙航空研究所(同大学)があったんですが、これが国へ移管されるにあたり、その後をどうしようかといろいろと思案したんです。その結果、当時の日本の科学は後追い型の研究が多く、創造的なものも不十分だったので、基礎研究をしっかりとやろう、という動きが出てきたんです。
そのためにはこれまでの日本の大学になかった全く新しい構想を持った研究機関が必要だ、という考えからこの先端研が生れたわけです。
──全く新しい構想というと・・・?
二木 先端研には流動性、学際性、国際性、公開性の4つの基本理念があります。特にこの中で学際性というのが、他の大学には見られないうちの特色ですね。
先端研では非常に新しい科学をやるということで、工学部、理学部、農学部から医学部までいろいろな分野の人間が集まっています。普通ならば特定の分野の研究室だけが集まってしまいがちですが、ここでは学問の境界をはずして、例えば生化学、医学、社会科学などのみんながチームをつくってやっていく。一つの研究にしても、いろんな分野と相関させながら研究活動を行っていくことで、社会との接点を求めていくことを目的としています。
──なるほど。われわれもいろんな連携があって成り立っているわけですから、大学の研究機関も既存の枠を取り払うことで研究の視野も広がるし、専門化されすぎて実際の応用には結びつかない、というようなことも防ぐことができますよね。
今、先端研がテーマにしているのはどんなものですか。
二木 材料、デバイス(装置・機械部品)、システム、それから社会と科学の相関分野ですね。
また、これから特に重点を置いていきたいのは生命科学や情報の分野、知的財産権に関する研究です。この知的財産権については専門の部門も設けていまして、ここでは大学等で生れた知的財産成果をいかにして社会に伝えるか、ということに取り組んでいます。
──科学にしろ化学にしろ研究テーマが高度になるにつれ、われわれから遠ざかっているような感がありましたが、大学側からそうやって社会とのつながりを持たれているということは素晴らしいですね。
活性酸素は癌をつくることも殺すこともできる
──ところで、これだけの分野の人が集まってくるわけですから、センター長としていろいろお忙しいかと思いますが、先生ご自身の研究もおありですよね。
二木 ええ。私の研究室では活性酸素やラジカル(※)の研究をしています。
──最近よく新聞や週刊誌などに出てきますね。体の中で起こる酸素の異常というか、普通の酸素に比べて非常に化学反応が高い酸素のことですね。
二木 その通りです。確かに最近では活性酸素についてかなり取り上げられていますね。そういった記事では活性酸素は「悪」といった見方をされているようですが、決してそうとばかりは言えないんですよ。実はこの活性酸素は、ばい菌を殺すとか、ウイルスを殺すというような役割も果たしています。
酸素というのは両刃の剣であって、良い面と悪い面があります。活性酸素も同じで良い面も悪い面もある。良い面というのは先程言ったようにばい菌を殺したり、例えば癌細胞を殺したりすることもできることです。悪い面で言うと、最近の研究でこの悪い面が結構あるということが分かってきまして、例えば動脈硬化を起こすということがはっきりと分かってきました。
──癌の原因にもなるというのを何かの記事で読んだことがありますが。
二木 そうなんです。場合によっては癌をつくることもあるし、癌細胞を殺すこともできる。実際に使われている抗癌剤というのは、活性酸素を無理に体の中でつくってそれで癌細胞を殺しているんですよ。
──確かにわれわれはよく「良いもの」「悪いもの」と区別しがちですが、本来、自然界の中で100%良い、悪いというのはないんでしょうね。
※物質の基であるすべての分子は原子からなり、その原子は原子核と電子で構成される。
それぞれの原子は原子核から一番遠いところにある電子によって他の原子と結合しているが、光や放射線によってその結合が切られ、ペアになっていない電子ができる。このような電子(不対電子)をもつ分子をラジカルという。
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過度の日光浴やタバコの吸い過ぎには注意が必要
──ところで、活性酸素が体内でできるということはいろいろな記事を読んで知ってはいるんですが、ほかにも外的な要因があるんでしょうか。
二木 まず強い光を浴びることで活性酸素が発生します。かつては健康の秘訣として「太陽にあたって日光浴をしよう」などということが言われていましたが、紫外線はものすごくエネルギーが強いため、活性酸素をつくりそれが皮膚癌の原因になります。
放射線が当たるのも同じです。ですから、レントゲン技師はレントゲンを撮る時、必ず防御服をつけますね。特に妊婦がレントゲンを撮らないというのは、生殖機能は活性酸素に弱いものですから、X線にあたらないようにしているわけです。
それから、最近バリウムを飲んで胃を透視するという検査をあまりしなくなったのは、X線をあてることで、胃癌を調べるのと同時に活性酸素をつくってしまっているわけですから、結局胃癌をつくっているのと同じになるからなんです。
あと意外に多いのがタバコです。タバコの煙を吸うとかなりの活性酸素が体内に入り、吐き出した煙にはほとんどない。ということは、体内で大体が反応してしまっているということになる。
──活性といわれるぐらいだから、すぐに何かと反応してしまうわけですね。
二木 その通りで、非常に反応性に富んでいまして、DNAも障害を受けてしまいます。しかし、そんなに簡単にみんながみんな癌にならないのは、きちんと防御する素晴らしいシステムが体の中に張りめぐらされているからです。
もともと生物が地球上に生れた時には酸素はほとんどなかった。ですから本来生物は嫌気性で、彼等にとっては酸素は毒だったわけです。しかし、植物が増え光合成でだんだんと酸素が増えてくると、適応進化した生物、酸素の毒性を防御する力をもった生物が出てきた。これがわれわれの祖先です。ですからわれわれの体内にも、その防御システムが生かされている。しかし、過度の日光浴やタバコの吸い過ぎは、こうした制御システムが対応しきれなくなってしまいますから注意が必要ですね。
──例えば食べ物とかでも防ぐ手だてはあるんでしょうか。
二木 現在では日本や欧米の疫学研究で、どんな食べ物にどんな抗酸化物質があるかといった研究が進んでいまして、ビタミンCやEなどは抗酸化物質として使われています。
またそういう抗酸化物質を含んだ健康食品が最近増えてきていますね。
基礎的研究の積み上げで新しいことに挑戦
──さて、もう少し詳しく先生の現在の研究内容をお伺いしたいのですが、活性酸素のどういったことを研究されているんですか。
二木 私達の研究室では特に基礎的な面を担当しているんです。活性酸素はどういうふうにできるのか、どんな反応をするのか。例えば脂質とか、蛋白とか、DNAとどう反応するのか、というものです。それがもう少し具体的になると、動脈硬化の原因になる悪玉コレステロールのリポ蛋白が活性酸素によってどのように傷害を受けて動脈硬化に結びつくのか。それから、活性酸素が細胞をどのように傷つけるのか。
それらに対してどういう防御システムがあって、どういうふうな抗酸化物質がどう防いでいるのかということをやっています。
そして最終的な狙いは、こうやって基礎的なことを積み上げていけば、活性酸素の発生を防ぐための薬のデザインもできるだろうと考えまして、それに取り組んでいるところです。もうかなりの効果が期待できるようなものができつつあるんですよ。
──その薬は自然界から取ったものとか、そういうものなんでしょうか。
二木 参考にはしていますが、今つくっているのは自然界にはないものなんです。よく、医学にしても石油化学にしても「理論から生れた薬はない」ということをいわれますが、初めて理論から薬をつくり出しているわけです。
──それは素晴らしいですね。その過程はわれわれにはちょっと想像がつきませんが、まさに基礎研究を積み上げていくことで理論が生れていく。この先端研の「基礎研究を充実させる」という精神が実になっている一つの現れのように思いますね。
薬ができるのを楽しみにしております。ありがとうございました。
1999年3月末日をもってセンター長を退任。
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