こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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海底に沈んだ人類の遺産から、 当時の人々の暮らしや文化がはっきりと分かります

謎と神秘を探る「水中考古学」

東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科・教授

岩淵 聡文 氏

いわぶち あきふみ

岩淵 聡文

1960年東京都生まれ。83年早稲田大学第一文学部史学科卒業、85年東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。90年オックスフォード大学大学院社会人類学科博士課程修了。95年東京海洋大学(東京商船大学)助教授、現在は同大学大学院教授。人類が海洋環境に生態学的な適応をする中から生まれてきた「海洋文化」を研究する学問である海洋人類学、水中考古学、海事史、海洋芸術学を総合した複合領域としての海洋文化学の確立を希求している。著書は『文化遺産の眠る海 水中考古学入門』(化学同人)など。

2014年12月号掲載


その当時の姿をリアルに残す海底都市や沈没船

──先生が研究されている「水中考古学」という分野は、実はつい最近、あるテレビ番組を見て初めて知りました。考古学というのは分かりますが、水中考古学というと?

岩淵 文字通り、海や川、湖沼などの水底に沈んだ、人類の生活の痕跡を研究する考古学です。

──水中における痕跡とは、具体的にどのようなものですか?

岩淵 何らかの理由で水中に沈んだ遺跡や構築物。例えば、地震や地滑りで海底に沈んだ古代都市などをいいます。また、船や飛行機などの乗り物やその積み荷、古代人の貝塚や石切場の跡のようなものも対象です。
ちなみに、ユネスコでは、少なくとも100年間水中にあったこうした遺跡を「水中文化遺産」と定義しています。

──といいますと、われわれがよく知っているイギリスの豪華客船・タイタニック号や、エジプトの古代都市アレクサンドリア海底遺跡などがそうですか?

東京海洋大学とNPO法人アジア水中考古学研究所は共同で、初島の沈没船遺構を自律型水中ロボット(左上)で調査している〈写真提供:岩淵聡文氏〉

岩淵 そうです。他にも、「カリブの海賊」の舞台として有名なジャマイカにある海底遺跡「ポート・ロイアル」が有名ですね。日本でも、長崎県鷹島沖の海底で発見された13世紀モンゴル軍の「元寇船」、諏訪湖の湖底から大量の土器片や石器類が見つかった「曽根遺跡」などがこれまで大きな話題を呼びました。
冷たい海底の砂や泥に埋まった遺跡は、いわば天然の冷蔵庫に保存されたようなもので、沈んだ当時の姿や形で残っていることが多いんです。


 ──なるほど。水中は陸上に比べ、外部からの変化を受けにくく、また微生物などによる劣化が少ないため、その時代のその時の状態で残りやすいんですね。

岩淵 はい。ですから、例えば沈没した船の積み荷や船員の持ち物を調べることで、当時の人々はどのような生活をしていたのか、あるいはどの国とどの国が交易していたのかを、まるで時間を切り取ったかのように知ることができます。

海の中を調査する世界で注目の「水中ロボット」

──ところで、先生は現在、どんな研究をされているのですか?

岩淵 玄界灘や博多湾、日本海の飛島(山形県)周辺などの水中文化遺産の調査を行っていますが、中でも特に力を入れているのが、2011年に静岡県熱海市初島沖で見つかった沈没船の調査です。
その船は、17世紀前後の木造の廻船(港から港へ旅客や貨物を運んで回る船)だということが分かっています。船体自体は海底の泥の中に埋まっていますが、表層には葵の御紋が彫られた大量の瓦が露出していました。おそらく、江戸城修復の際に使われるはずだった瓦でしょう。なぜこの場所で沈んだのかは、これからの調査で明らかになると思います。

──海中での調査となると大変なことが多いんでしょうね。

岩淵 そうなんです。現在、遺跡を引き揚げて陸で研究することができない決まりになっていまして・・・。つまり、水の中で行わなくてはならないのですが、海中には潮の流れがあって視界が悪く、ダイバーは体力を消耗して思うように動けません。陸上なら1〜2ヵ月で終わる作業が、水中では10〜20年かかることもあります。
しかし! 初島の調査では新兵器を導入しました。うまくすれば、ものすごいスピードアップが図れるかもしれません。

──え? 新兵器とはいったい?


岩淵 東京海洋大学の海洋ロボット研究チームの協力を得て開発した「水中ロボット」です。このロボットに沈没船の調査をさせているんです。

──何と! それはどんなロボットなんですか?

岩淵 ケーブルレスの完全自律型ロボットで、波に流されることもなく、水中での運動性能は万全です。また、水深2,000mまで潜水も可能という優れもので、これが成功すれば、水中考古学者が水の中に潜る必要がなくなる時代がやってきます。画像撮影については十分な結果が得られておらず、完成度は8割程度といったところですが、うまくいけば、船の上でお茶を飲みながら(笑)コンピュータ画面を見ているうちに、実測図づくりの作業が半日くらいで終わるようになるかもしれません。

世界が注目する「実測用ロボット」の開発に携わる研究協力者と作業補助ダイバー(後列左から2番目が岩淵氏)〈写真提供:岩淵聡文氏〉

──ロボットが完成すれば、まだ手付かずの深海の遺跡も調査できるのですね。それにしても、20年が半日に短縮されるとはすごい! まさに日本の技術力の賜物です。

歴史の浅い水中考古学。しかしその未来は明るい!

──近い将来、新たな歴史的発見も期待できそうで、水中考古学の未来は明るい! ますますの発展が期待できますね。

1986年から現在まで継続的に行っている、スマトラ島およびその周辺部での調査活動〈写真提供:岩淵聡文氏〉

 岩淵 ありがとうございます。かつては、トレジャーハンターの出現により「水中考古学=宝探し」というマイナスイメージが定着してしまった時期がありました。2009年、ユネスコが「水中文化遺産保護条約」を発効し、水中文化遺産の商業利用の禁止などを定めてことで、ようやく水中考古学は正式な学問として認知されるようになったともいえ、まだまだ歴史の浅い分野なんですよ。
技術の進歩とともに、水中考古学に対する世の中の理解や認知度が高まっていくことを期待しています。

──まだまだ課題が多い分野なのですね・・・。


岩淵 はい。一番の悩みは、水中考古学に対し、国が割いてくれる予算が非常に少ないことです。日本では専門の研究機関を設立する予定もなく、優秀な研究者を育てる土壌にも乏しいのが現状で、世界と比べて出遅れた形となっています。事実、日本の水中考古学者は10名足らずに過ぎません。次世代を担う研究者を育成する意味でも、陸上ばかりでなく、海洋にも目を向けてほしいと思うのですが・・・。

──日本は、海の広さでは世界6位の海洋国家だというのに、世界から遅れをとっているとは・・・。しかし、水中ロボットが実用化できれば、研究が飛躍的に進展し、世界の中での日本の水中考古学の地位向上も期待できますね。

2014年6月、ベルギー・ブルージュで開催されたユネスコ「第一次世界大戦水中文化遺産会議」で発表する岩淵氏。同大戦中に沈んだ軍艦「高千穂」と日本の遺骨収容問題について話した〈写真提供:岩淵聡文氏〉

 岩淵 おっしゃる通りです。確かに日本は出遅れましたが、日本が誇る技術力を武器に、世界をリードしていけたらと思っています。

──やはり、水中考古学の未来は明るい! その日は近いと思います。今後のご活躍に期待しています。
本日はありがとうございました。


近著紹介
『文化遺産の眠る海 水中考古学入門』(化学同人)

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