こだわりアカデミー
ウイルス内部のたんぱく質に着目して、 さまざまなインフルエンザに効く『万能ワクチン』を 開発しています。
新型にも効く?! インフルエンザ万能ワクチン
国立感染症研究所血液・安全性研究部主任研究官
内田 哲也 氏
うちだ てつや
1979年東京大学医学部卒業後、東京大学大学院医学系研究科に進学。大学院在学中に米国ハーバード大学医学部に留学。85年東京大学大学院医学系研究科修了、国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)に入所、現在に至る。国立感染症研究所は、厚生労働省所轄の研究機関。47年に設立された国立予防衛生研究所を前身とする。97年に国立多摩研究所を統合しハンセン病研究センターを設置、国立感染症研究所に改名。国立感染症研究所と北海道大学、埼玉医科大学、化学メーカー「日油」で構成した厚生労働省研究班の主任研究官を務める。研究班では、あらゆるタイプのインフルエンザウイルスに効くワクチンを開発し、実用化に向けて研究を進めている。
2009年6月号掲載
人類を脅かす新型インフルエンザ
──いま、新型インフルエンザが世界的な流行を起こすのではないかと心配されています。
そんな中、先生を中心とした厚生労働省の研究班では、さまざまなインフルエンザウイルスに効果のある万能ワクチンを開発されたと伺っております。
内田 はい、これまでにないタイプのインフルエンザワクチンです。マウス実験でその効果を確認しており、現在は実用化に向けて研究を進めているところです。
インフルエンザウィルスの構造
表面のたんぱく質はウィルスの種類によって形が異なり、変異もするのに対し、内部のたんぱく質は違う種類でも構造が同じで変異もしない<イラストは内田哲也氏の資料を基に編集部で作成> |
──それにしても、なぜインフルエンザウイルスは、鳥インフルエンザや豚インフルエンザのように、人間を脅かすような存在になってしまったのですか?
内田 多くのウイルスは低病原性(弱毒型)で、宿主の呼吸器などに増殖して共存しています。ウイルス自身も宿主を高率で殺してしまうと存続できなくなるので、殺すほどの病原性を示さないのが普通です。しかし、一部のウイルスは高病原性(強毒型)に突然変異をして、宿主を殺してしまうことがあるのです。
──鳥インフルエンザが流行した時は、家禽をはじめ、人に感染した場合にも高い致死率を示して、世界を震撼させましたよね。
内田 鳥インフルエンザの場合は、野生のカモなどが起源となっていて、それが人と身近な家禽で流行り、今度は家禽から豚を介して人に移りやすいような変異を起こしてしまったのです。
──人への感染が広がると、人から人へ感染してしまうウイルスに突然変異する可能性があると危惧されているわけですね。
人間の免疫システムを利用した新型ワクチン
──ワクチンというは、われわれの免疫機能を利用して作られているそうですが、どのような仕組みなのですか?
内田 私達の免疫システムは2種類ありまして、従来のワクチンは、そのうちの一つ「液性免疫」を利用して体内に抗体を作っています(下図『従来のワクチン』参照)。
(左)従来のワクチンでは、外側の突起を無力化する抗体を作っていたが、ウィルスの種類が異なると効果を発揮できなかった (右)新開発のワクチンは、ウィルスの内部のたんぱく質の構造が同じことを利用しており、感染しても増殖が抑制できる<イラストはいずれも内田哲也氏の資料を基に編集部作成> |
──それは具体的にはどういったものなのでしょう。
内田 ウイルスの表面には、たくさんの突起が付いているのですが、まず、病原性を抑えたインフルエンザウイルス(抗原)を体内に送り込むことで、この突起と結合する抗体を体内に作ります。すると、抗体と結合したウイルスは感染力を失い、白血球などの食細胞に取り込まれて分解されていきます。
つまり、外から来た抗原に対して、必ず抗体を作るように働く免疫機能を利用したものですが、実際に感染したウイルスとワクチンが違うタイプの場合には、突起の形も合ないので、せっかく作らせた抗体が働きにくいという弱点があります。
──毎年、流行に合せてワクチンの予防接種が必要なのはそのためなんですね。
内田 そうです。そこで私達研究班では、表面の突起ではなく、ウイルス内部に着目しました。実は内部の物質には、各タイプのインフルエンザウイルスに共通するものが多く、しかも内部構造は変異を起こしにくいという性質がありました。
ウイルス自体が変異しても内部の構造は変らないので、それに対応するワクチンができれば、すべてのウイルスに作用すると考えたわけです。
──なるほど。新型のワクチンは、従来のようにウイルスの変異に悩まされる心配が少ないわけですね。
内田 ええ。新型ではもう一つの免疫システム「細胞性免疫」を利用しています(上図『新開発のワクチン』参照)。
──といいますと?
内田 ウイルスに感染した細胞は、増殖を防ぐために、細胞表面にウイルスの断片を運び出します。すると人の体内ではこれが目印となって、殺し屋の「細胞障害性T細胞(キラーT細胞)」が、感染した細胞を攻撃します。これを「細胞性免疫」といいます。
──従来のワクチンが、体内に抗体を作ることで事前に感染に備えていたのに対して、新しいワクチンは、感染はさせるけれど、殺し屋のキラーT細胞を誘導して、ウイルスに感染した細胞を破壊するという方法なんですね。
内田 その通りです。研究班では、細胞に取り込まれやすい性質がある「リポソーム」という細胞膜と似た物質でできた人工的な粒子を開発しました。このリポソームの表面に、インフルエンザウイルスの中身と同じ人工合成した物質を結合させて、免疫細胞内に送り込むと、体がウイルスだと思い込みキラーT細胞が活性化されます。するといざウイルスに感染しても、キラーT細胞がその細胞を殺してくれるのです。
──なるほど。増殖が抑制されるので、健康状態が保たれるという、まさに画期的な万能ワクチンなのですね。先程、その効果はマウス実験で確認されたとおしゃっていましたが。
内田 人の遺伝子を持った複数のマウスの鼻から、ソ連型と香港型、鳥インフルエンザの3種類のウイルスを注入したところ、ワクチンを接種していないものは体重が激減してしまい、10日後にはすべてが死亡しました。それに対して、ワクチンを接種したマウスは、同じ量のウイルスを注入したにもかかわらず、体重に変化は見られず、ほとんどが生存しました。
2週間後にワクチンを接種したマウスの肺を取り出して、ウイルスがあるかどうかを調べたところ、全くなくなっていたんです。
──それはすごいですね。同じ方法を応用すれば、他のウイルスに対してもワクチンを開発できるのでは?
内田 はい、その可能性は高く、現在エイズやSARS(重症急性呼吸器症候群)といった変異を起こしやすいウイルスについても研究を進めているところです。
待たれる万能ワクチンの実用化
──画期的な万能ワクチンですが、実用化にはどの位時間が掛かりそうですか?
内田 早くても5年は掛かりそうです。ウイルスへの有効性が確認されましたが、まだあくまで基礎研究の段階です。人工合成したたんぱく質を使っている点で、安全性は高いのですが、人に打つワクチンというのは大規模な臨床試験を何度も繰り返して、安全性と有効性を確認しなければいけません。
──とかく画期的な研究であればある程、他国が特許を取って先に商業化してしまうことがありますが…。
内田 確かにこうした研究は、今まで論文が重要だったのですが、この研究に関してはまず特許を取りました。論文を書くことは研究者の名誉ではありますが。
──それを聞いて安心しました。今後は国もワクチンの開発をバックアップしてくれるのですね。
内田 現在、インフルエンザの治療薬は、日本ではタミフルやリレンザなど主に外資系製薬会社のものが使われています。過去10年も日本で開発されたワクチンが出ていないので、国レベルで取り組んでいるところです。
──新型インフルエンザの世界的な大流行が懸念されている中で、新型ワクチンの開発に期待が高まります。ぜひ早期実用化に向けて頑張ってください。
本日はありがとうございました。
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