こだわりアカデミー
これからの科学をコントロールできるのは 東洋的な「生命倫理」です。
巨大技術への反省が生んだ「生命倫理」
青山学院大学名誉教授
坂本 百大 氏
さかもと ひゃくだい

1928年台湾生れ。54年東京大学文学部哲学科卒業。56年同大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了後、米国ジョンズ・ホプキンズ大学、カリフォルニア大学に留学。青山学院大学教授を経て同大学名誉教授、日本大学教授に。今年3月に日本大学を退職後も、同大学で講師として教鞭を執るかたわら、日本科学哲学会会長、日本生命倫理学会会長、アジア生命倫理学会会長を兼務。また、今年11月に日本で開かれる国際生命倫理学会世界大会の会長として総指揮を執る。著書に『人間機械論の哲学』(80年、勁草書房)、『心と身体・原一元論の構図』(86年、岩波書店)、『言語起源論の新展開』(91年、大修館書店)、『哲学的人間学』(92年、(財)放送大学教育振興会)などがある。
1998年7月号掲載
科学では人間の心までは解明できない
──先生は今秋、日本で開催される国際生命倫理学会世界大会の会長でいらっしゃいますが、「生命倫理」とはどういう学問なんでしょうか。
坂本 「生命倫理」を説明するためには、まずその基盤となる「哲学」について少し説明する必要があると思います。
哲学というと、一般的には多くの学問分野の一つと考えられがちなんですが、一言でいうと、さまざまな学問分野を横断的・全体的・網羅的にとらえる、あるいは束ねている学問であると言えます。
また、哲学は根源的学問とも言われます。常識や決り事に縛られず、物事を掘り下げていく学問だからです。例えば「人権擁護のために云々……」とよく言われますが、哲学者はまず「なぜ人権を擁護するのか」と問う。次に「では、人権とはいったい何なのか」、さらには、時代による、あるいは地域による「人権」というものの違い、その意味を次々に問い続けていくわけです。
「哲学」とは「こだわり」「とらわれ」の学問であるという人もいますが、実は逆にそういうものを取り払うことこそ「哲学」なんです。
よく「確固たる信念を持て」などと言いますが、絶えずそのような信念の正当性を疑わないといけない学問が「哲学」です。
─世の中のあらゆるものが細分化されてきている現代社会では、全体を横断的に見通す目や、物事を既成概念や偏見にとらわれず掘り下げていくことの必要性が高まってきていると思います。そういう意味で、今後、哲学の存在意義とともに、哲学への関心もより高まっていくのではないかと思っているんです。
ところで、ソクラテスやプラトンといった古代ギリシャ・ローマの哲学から、デカルト、カントといった近代の哲学、そして現代と、科学技術の発達、文化や人間社会の数々の変遷とともに哲学も変ってきたと思います。
現代の哲学というのは、どういう状況にあるんでしょうか。
坂本 現代哲学の最大のテーマは、17世紀ニュートン物理学誕生以来の科学時代を哲学的にどう乗り切るか、というところにあります。
科学の発達は、あらゆる産業を飛躍的に発展させたとともに、自然や生命等のさまざまな事象の解明をも可能にしてきました。おそらく人間を取り巻くほとんどのものが科学によって解明できるようになったと言えるでしょう。そして最近では、人間の心までも科学の力で解明できる、とまで言われるようになっています。
──脳の仕組みですね。
坂本 確かに現代の科学技術があれば、脳を科学して、例えば人間の思考過程やシステムは解明できるかもしれません。しかし、その「脳」の働きから生じてくる人間の「心」、つまり感情とか気持ちといったものは、現実にモノ(物質)として存在するものではありません。
─つまり「モノ」と「心」とは違うんですね。
坂本 そうなんです。哲学では「心」というものは「ある」という認識なんです。つまり「モノ」ではなく「心の世界」が存在すると考えている。ちなみに、その「心」と「モノ(身)」を分けて、その関係を問う問題を「心身問題」と言います。
そして、心の世界の中にある人間の感情、意志からは「好きなこと」「嫌いなこと」、「やりたいこと」「やりたくないこと」が生れ、「やっていいこと」「悪いこと」が出てきます。これがそもそもの「倫理」の始まりです。
1998年11月、「国際生命倫理学会第4回世界大会」が日本でとり行なわれ、世界40か国、400名を超える出席者があり、大盛況で幕を閉じた。「特にアジア諸国および発展途上国からの参加が多く、生命倫理のグローバル化が始まったといえますね」と大会の総指揮を執られた坂本教授。また、同時開催された「国際生命倫理サミット会議」では、「東京コミュニケ」が発表され、環境問題などに関する生命倫理の国際政策化が提案された。近々、「日本生命倫理学会」のホームページを開設予定とのこと。
※坂本百大先生は、2020年12月にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
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