こだわりアカデミー
地球の表面の4分の3は海の底。 陸上の研究だけでは地球を判断できないんです。
「深海6000」で海底を調べる
東京大学海洋研究所教授
小林 和男 氏
こばやし かずお

1933年東京都生まれ。東京大学理学部卒業後、米・ピッツバーグ大学助教授を経て、現在東京大学海洋研究所教授。専攻は海洋底地球科学。著書に『深海6000メートルの謎にいどむ』(1986年発行、ポプラ社)は、1985年、日本とフランスとの共同で行った日本海溝の調査を、わかりやすく書き表したもの。他著に『海洋底地球科学』、『深海底で何が起こっているか』がある。
1992年3月号掲載
地球で一番標準的なところは海の底
──先生が海底のご研究をされるようになった動機は何でしょうか。
小林 単純なことですが、地球の表面の大部分、4分の3は海の底です。
ですから、陸上の研究というのは広い土地のほんの一部分しかみていないわけ、それでは本当に地球を判断することはできないと考えたからです。地球全体から言えば、陸というのは非常に特別なところなんです。
──海の中の方が、地球本来の姿が残っているということもありますね。
小林 そうです。地球で一番まともなところ、標準的なところはむしろ海の底にあるんです。
──先生は実際に潜水船「しんかい6500」で深海に潜って海底の様子を見て来られたそうですね。地球のプレートの動きを証拠づけるような、例えば沈み込み現場などもわかった、と聞いていますが。
小林 ええ、そうです。ただし、これは本当に動いているところが見えるわけではありません。今、太平洋と日本の間の動きというのはだいたい1年間に8センチメートルと言われていますから。
──確かに目に見える速さではありませんね。そのプレートが日本の近くまで押し寄せてきては沈んでいくというのは本当ですか。
小林 はい。地球上には、ぶつかったプレートがどんどん寄せていって皺になってしまうところもあるのですが、日本の場合はそうではなくて、下へずっと入っていくんです。その入り口が日本海溝だとか、伊豆−小笠原海溝と言われている深い部分です。日本海溝だと一番深いところで8,000メートルありますから、ちょうどヒマラヤくらいですね。去年の8月にそれを潜水船「しんかい6500」で初めて見ました。
日本海溝で三陸津波の時の割れ目が見つかった
──プレートが沈む時と地震とは関係があるんですか。
小林 地震というのはいろいろなところで起こっていますから、必ずしもそれだけとは言えません。しかし、1933年(昭和8年)、ちょうど私が生まれた年なんですが、その年に三陸津波というものがあり、たまたまその時の割れ目らしきものをいくつか日本海溝で見つけることができたんです。
──物的証拠があったわけですね。でも、どうしてその割れ目がその時のものであるとわかるんですか。
小林 海底も少し古くなると、上に泥が溜まってきますので、その溜り具合いでどれくらい古いかだいたいわかるんです。空家なんかで、溜まっている埃を見ればどのくらい空いていたかがわかるのと同じことです。さらにちゃんと調べようとする場合は、そこの泥を取って来ます。泥の中には、顕微鏡で見てやっとわかるくらいの細かい虫がいるんです。その虫は、目で見るとサラサラした砂みたいだけれども、顕微鏡で見ると炭酸石灰とか、シリカ、水晶、あるいはメノウの殻を持っています。そして、その虫がおもしろいもので進化をしていまして、時代によって全部顔つきが違うんです。
──古い顔と新しい顔があるんですか?愉快だな。(笑)
小林 ええ。ですから顔つきでどのくらい前の時代の虫なのか判定でき、割れ目のできた時代を知るひとつの手段になります。また、炭素14というのを使った科学的な方法もあります。
三陸沖の場合は、ほとんど泥をかぶっておらず、一見しただけで非常に新しい割れ目だとわかりました。また、データでその辺が震源であることもわかっていましたし、一連の割れ目がいくつもあることからも津波と関連づけて考えることができるのです。
──海底の割れ目と津波との関係は?
小林 海底に割れ目ができると、その割れ目の中に1回水がスポッと吸い込まれ、その反動でワッと一気に浮き上がりますから、大きな波ができて陸に押し寄せてくるわけです。三陸沖の日本海溝は、場所からいっても日本に非常に近いから、津波がもろに押し寄せたんです。
6,000メートルの海底との交信は往復8秒かかる
──なるほど。深海というのは自然がそのままの姿で残っているから、いろいろな現象の謎を解く鍵にもなりますね。生物はたくさんいるんですか?
小林 プレートの沈み口というのは、まるで砂漠のオアシスのようなところなんですよ。つまり、海底に積もった泥はプレートの動きに押されてギューギュー積み上げられ、その中から水がしみ出て来る。もともと泥の中には有機物が入っていますから、それが腐れば硫黄やメタンが出る。すると今度はそれを食べるバクテリアが繁殖し、他の有機物をどんどんつくっていく。その有機物をえさにしている貝がその水の上にダーッと並んで繁殖する。その貝を食べに蟹が来る、それを狙ってソコダラが来る、海老が来る・・・と、すごい賑やかな場所です。
──逆に、そこが水のしみ出している場所だという目印にもなるわけですね。
しかし、深海というのは光が届きませんから、陸に比べて調査がしにくいのではないですか。
小林 ええ。水の中というのは基本的には見えないんです。水というのは10メートルを超えると光がかなり通りにくくなりますので、100メートルも行くともう薄暗くなってしまいます。200メートルぐらい下に行ったら、もうほとんど見えませんね。
──電気をつけるとかなり見えるんですか。
小林 それが、海水というのは中にいろいろ細かい粒子が浮いて散乱しているものですから、電気をつけても光がすぐ衰えてしまって遠くまではなかなか見えないんです。かなり明るい光を照らしても、潜水船から10メートル先がやっとです。あそこに崖があるとわかるのは5メートルくらい手前ですね。
──それは危ないですね。
小林 ですから、一番怖いのは変なものにぶつかることです。
──どうやって探知するんですか。
小林 音を出して、音の反射で何があるか調べる方法があるんです。蝙蝠(こうもり)が超音波を出して自分の位置を確認しながら、夜、洞穴の中でも壁にぶつからないように飛んでいけるのと同じ理屈ですね。
──操縦は大変なんですか。
小林 それが一番難しいんです。見えないだけじゃなくて、水は電波も通さないものですから、宇宙ロケットのように遠隔操縦することもできません。
──中に入っている人が自分でやらなければいけないわけですね。
地上との連絡は取れないですか。
小林 超音波を使った電話はできます。超音波をFMにして、音波自体を伝えるのではなく、超音波の中に入っている音声周波数を取り出して解析するんです。ただ、音というのはよく伝わりますが遅いんですね。
──光とはだいぶ違いますね。
小林 違います。光なら1秒間に地球を7回り半できますけれども、音の方は水の中だと1秒間に1,500メートルしか進まない。6,000メートルの深さだと届くのに4秒くらいかかるんです。相手がこちらの声を聞いて、返事が届くのにまた4秒かかるので、これはどうも間延びしちゃって・・・。
──間延びどころではない、とても会話にはなりませんね。
将来は定点観測で海の変化をいち速くキャッチ
──将来、海底の研究はどうなっていくでしょうか。
小林 人間が、深海を調べるようになったのは約100年前です。そして100年間、ほとんど進歩しませんでした。やっと人が海の底に直接行って、そこにあるものをちゃんと調べるようになったという段階です。調べると言ってもまだ観察だけでして、今後は、海底に機械を置いたり観測所を作ったりして、もっとしっかり、そして長期的に調査できるようにしていこうということが考えられています。
──定点観測をしていくということですね。
小林 そうです。海面から上は、幸いにして人工衛星からほとんどモニターできるようになりましたが、海底はできません。やはりそういう定点観測基地がぜひほしいですね。
すぐには有人というわけにはいかないでしょうけど、世界各地の無人の観測基地からいろいろなデータが送られてくるという形なら考えられます。例えば近くで起こった地震の波を観測するとか、温度の変化、水の成分などを定時に調べる。また、カメラを置いて貝がどう動いているかとか、生物がどう生活しているか、変化はないかなど、長期的にモニター観察するというようなことですね。
──それができたら飛躍的に地球学が進むでしょうね。
小林 本当にそうです。海のことだけに限らず、砂漠の真中とかアマゾンのジャングルの中等々、地球全体にもっと観測地点を増やし、国際間で協力し合って研究・調査をしていかなければいけない段階に来ているのではないかと思います。
──確かに海は、一国だけの物ではありませんし、しかも地球の環境にとっても重要な役割を果たしていますからね。私も先生方の今後の研究の発展に期待をしています。
ありがとうございました。
〈注〉プレートは、海洋底・陸地部分の地域ごとにまとまりのある広がりをもった広大な岩盤で、大海底火山帯で海洋底が新しく形成されてゆく分だけ、互いに動き調整し合っている。
93年3月末に東大海洋研究所を、99年9月末に海洋科学技術センターをそれぞれ退職。現在は東京大学名誉教授。またいくつかの大学の非常勤講師、委員会等を務めておられます。
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