こだわりアカデミー
オジギソウの「おじぎ」は、なぜあんなに素早い? その秘密は、細胞の骨格をつくるタンパク質にあるのです。
オジギソウはなぜおじぎするのか
上智大学理工学部教授
土屋 隆英 氏
つちや たかひで
1943年、東京都生れ。67年、上智大学理工学部卒業。69年、同大学大学院修士課程修了後、同大学化学科生物化学教室助手。78年、同大学教授に。専攻は、生化学食糧化学。著書に『身近な生命科学を知る』(96年、丸善)など。
2000年12月号掲載
ダーウィンも注目したオジギソウ
──先頃、先生の「オジギソウ」に関する研究が、かの有名なイギリスの科学雑誌『ネイチャー』で紹介されたそうですね。本日は、オジギソウの謎についてのお話を中心に、いろいろお伺いしたいと思います。
オジギソウというと、触るとパッと葉を閉じる、その姿は名前の通り「おじぎ」をしているようで、子供の頃から不思議に思っていました。
土屋 そうですね、多くの方が不思議に思うことでしょう。
このオジギソウは、別名「ネムリグサ」ともいわれ、ブラジルを原産地とするマメ科の植物で、茎にはトゲがあり、だいたい6−8月頃、淡紅色のかわいらしい花を付けます。何かが触れたり、振動を感じたりすると、素早く葉を閉じて葉の柄がおじぎをするように垂れ下がります。そして20分くらいすると、またもとの状態に戻ります。
古くから、人々は植物がこのような早い動きをすることに驚き、興味を感じていました。すでにギリシャ時代には、オジギソウではないようですが、動く植物の観察記録がとられていました。また、1600年代にはオジギソウの実験もされていたようで、1880年には、かの有名なダーウィンも『植物の運動力』という本で触れているんです。
──植物が素早い動きをするわけですから、誰もが興味を抱きますよね。
どういう仕組みなんですか?
土屋 私達が葉を触ったりすると、それが電気信号となって運動器官である主葉枕(しゅようちん・写真参照)、いわゆる折れ曲がるところですね、そこに伝わるんです。この時の電気信号を計測すると、動物の神経伝達の電気信号と非常に似ているのです。さらに面白いことに、麻酔効果のあるエーテルをオジギソウの近くに置き、大きなビーカーをかぶせて外気を遮断しておくと、電気信号が伝わらない−−。
オジギソウは、葉に何かが触れたり、振動を与えたりすると、葉を閉じて葉の柄が「おじぎ」をするように垂れ下がる(上左:おじぎ運動前・上右:おじぎ運動後、左:運動器官の拡大写真) |
──植物に麻酔が効いているということですか?
土屋 そうなんです。詳しくは分っていませんが、きっとわれわれを含めた動物の神経伝達システムと似ているんではないかと思っています。
主葉枕の水が移動することでおじぎ運動が起こる
MRIで撮影した、オジギソウの水の動き。おじぎ運動前にあった主葉枕の下部の水が、おじぎ運動後には消えている |
土屋 実は、電気信号となって主葉枕に伝わるということは、以前から知られていました。しかし、伝わってから何が起きているのか、よく分らなかった…。そこで実際に、脳の診断に使われるMRIで水の動きを調べてみたところ、葉に刺激を与えると、主葉枕の下部の水が上部に移動していることが分りました(写真参照)。
──主葉枕内で水が移動することによって、葉柄が倒れるということですか?
土屋 そうです。これは主葉枕の下部にある水が一気になくなるために、下部の膨圧が減少して発生する現象です。オジギソウを逆さまにして刺激を与えてみると、逆に葉柄が上に起き上がってくるんですよ。
──具体的に、細胞の中ではどういうことが起きているんですか?
主葉枕の骨格を形成するタンパク質「アクチン」の分布写真。おじぎ運動前にあった網目状のアクチンの丸い束が、おじぎ運動後に崩れ、20分程度するとまたアクチンの束が形成される |
土屋 主葉枕の細胞を取り出して、細胞の骨格を形成する「アクチン」というタンパク質の分布を、共焦点レーザー顕微鏡で見てみました(写真参照)。写真を見てもらうと分りますが、繊維状のものがアクチンでして、おじぎ運動の前は、アクチンが網目状に丸く束になっています。ガチッとしていて、細胞内の水は排出されそうにない状態です。しかし、おじぎ運動後を見てみると、アクチンの束がほぐれバラバラになっているんです。
──要するに、電気信号が主葉枕に伝わると、細胞内のタンパク質の構造に変化が起こる。そして細胞の形が変って水が移動し、枝が折れ曲がるということなんですね。
土屋 まさに、そういうことです。その後、20分ほど経つと、水が戻ってきて再び太いアクチンの網目状の束が表れてくるんです。ただ、水を上昇させるポンプ的な機能がよく分っておらず、これからの研究課題ですね。
──解明を大いに期待したいところですね。
ところで、なぜ電気信号が到達すると、その網目状の束が崩れるのですか?
土屋 さらに専門的な話になりますが、電気信号が伝わると、アクチンを構成するアミノ酸の一種、「チロシン」にくっついていたリン酸が離れるために、束がバラバラに崩れるのです。これを「脱リン酸化」と呼ぶんですが、水が戻るとともに、リン酸がチロシンに結合して、またあのようなアクチンの束ができるのです。
──われわれ人間など、動物の運動も同様の仕組みなんですか?
土屋 それは違います。動物でもチロシンの脱リン酸化は見られますが、運動に関わっているものは、細胞性粘菌などの下等生物くらいです。多くの動物の場合は、細胞の増殖、分化、腫瘍形成などに関係しているのがほとんどなんですが、植物でそういう働きがあることは、大変な発見なんです。
気孔の仕組みを解明できれば砂漠に植物も夢ではない
──ところで先生は、もともと動物のタンパク質の研究がご専門と伺いましたが…。
土屋 そうなんです。もともと水産動物の筋肉の研究をしていました。水中の動物は、陸上の動物に比べ、はるかに多様性があるんです。魚一つとってみても、何十気圧もの中で暮らすものもいたり、マグロのように1年以上かけて太平洋を回遊するもの、はたまたヒラメのように砂地でほとんど動かないものなど、いろいろいます。それぞれがその生活に合った筋肉を持っているわけで、そうした筋肉を構成するタンパク質についていろいろ調べてきました。
一方、植物は、動物と違って目立った動きをしない生物です。しかしながら、動物のような激しい運動をするオジギソウを見て、「これにはタンパク質が関係しているのではないか」と関心を持ったことが直接的なきっかけです。
──「タンパク質」という観点から、植物の分野に入られたのですね。
土屋 そうです。
それに加え、日頃から人間と自然の関わり合い方について、疑問を持っていました。動物と植物はこの地球を支える二本柱で、この土台があるからこそ、私達人間がいるわけです。もっと地球、自然のことを考えないといけないと思っていました。特に植物は、生物の進化を語る上でも欠かせませんし、食料としてはもちろんのこと、昔から医薬品としても利用されてきた非常に重要な生物です。にも関わらず、植物は研究面からいっても軽視されている。そういう思いが根底にあったため、植物の世界にも足を踏み入れたんです。
──動物に関する研究はヒトゲノムの解読、人間の脳の仕組みの解明にまで及んできており、多くの人々の関心を集めています。それに比べると、確かに、植物の研究はあまり耳にしませんね。しかし、昔からの謎であったオジギソウの仕組みの解明は、多くの人が植物に関心を持ついいきっかけになる気がします。
土屋 そうですね。実際に、『ネイチャー』に紹介されてから、新聞などの報道を始め、博物館などからも問合せがたくさんきています。これをきっかけに、多くの方が身近な植物に関心を持ち、親しんでいただけたらうれしいですね。
──最後に、これからのご研究のテーマは?
土屋 やはり、まだオジギソウで分らないところがあります。まずそれを追究し、解明することが第一です。そしてそれらをもとに、多くの植物の謎に挑みたいと思っています。
例えば、植物の葉の表皮にある気孔。ここから水を蒸発させたり、炭素ガスや酸素の出し入れをしたりするんですが、実は朝、太陽が昇るとともに開き、夜になると閉じるのです。この開閉も、例のアクチンが関係しているのではないかと思っており、その解明にもつながるのではないかと期待しています。そして、この気孔をコントロールして水の蒸発を管理できれば、それこそ砂漠などで植物を育てることも夢ではないでしょう。
──夢が膨らんできますね。非常に楽しみです。
土屋 さらに、オジギソウの研究と並行して、タンパク質の研究者の育成をしたいと考えています。
この研究は、一筋縄でいかない難しい分野です。例えば、タンパク質を分解するにしても、温度など微妙な違いで失敗することもある−まさに自分の「勘」が頼りで、ある意味、職人的な研究なのです。ですから、これまでの自分の蓄積した技術を、後輩に伝えていきたいですね。
また、この分野にアメリカなどが本格的に乗り出しつつあります。ヒトゲノムの情報が分った今、これからはその情報が実際にどう機能しているか調べる段階に入ってきています。それには、タンパク質を見ないといけません。この分野では、日本は世界でもトップクラスを誇っています。良い人材を世に送り出し、アメリカ等と協調しながら、このタンパク質研究を進めていけたらいいですね。
──オジギソウの研究はもちろんのこと、これからの日本、そして世界を担う研究者の育成にも、非常に期待しております。
本日は、興味深いお話をありがとうございました。
※土屋隆英先生は、2020年12月にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
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