こだわりアカデミー
シルクの持つ抗菌性、紫外線防止などの特性が注目され 繊維以外の利用法も研究が進んでいます。
驚くべきシルクパワー
東京農業大学農学部講師
長島 孝行 氏
ながしま たかゆき

1955年、埼玉県生れ。83年、東京農業大学大学院博士課程修了。高校、予備校、専門学校の講師を経て、現職に。農学博士。日本野蚕学会評議委員、千年持続学会設立準備委員などを務める。
2001年3月号掲載
カイコ以外の「ガ」もシルクをつくる!!
──私達は、古くからシルクを衣料として利用し、その保温性やなめらかな肌触り、光沢、美しさから、常に珍重してきました。さらに最近になって、抗菌性や紫外線の影響を防ぐなどの機能があることが分り、今、非常に注目されているようですね。本日は、驚くべきシルクパワーについていろいろお伺いしたいと思います。
まず、シルクをつくり出すカイコについて、その生態をお教えください。
長島 カイコは、カイコガ科に属するガの一種で、同じ科の「クワコ」が人間に飼育されるようになってできた種なんです。
ご存じの通り、4000年以上も前から私達人間はカイコを飼い、その幼虫がつくる繭をほどいて「シルク」として利用してきました。その間、幾度もの品種改良が行なわれ、今ではクワコよりも体が大きく、繭生成量も最大で10倍になりました。と同時に、幼虫はエサである桑葉を与えられるまで逃げずに待ったり、成虫になっても、もはや飛ぶことさえできなくなっています。
──人為的淘汰ゆえの、進化といえますね。
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アフリカのギョウレツケムシ科のガ「アナフェ」がつくる巨大繭。集団で生活する行列毛虫の仲間で、100匹ほどの集団で1つの繭をつくる。写真の繭の大きさは10cmほど(写真下は繭の内部) |
長島 その通りです。このように屋内で飼われるカイコを家蚕(かさん)と呼び、それ以外の繭をつくるガ類を「野にいる」ということで野蚕(やさん)と呼んでいます。
現在、多くの野蚕が発見されていますが、その中で変った繭をつくるものに、ヤママユガ科に属する「ヤママユガ」がいます。これは別名「テンサン」と呼ばれ、緑色のきれいな繭をつくり、高価なシルクとしてご存じの方も多いと思います。他にも同じヤママユガ科に、インドの「タサールサン」というガがおり、非常に大きな繭をつくるんですが、その紡がれたシルクは独特の風合いで、とても人気があるんです。そして、「クリキュラ」というインドネシアのジョグジャカルタ地域に生息するガは、黄金色の繭をつくることで最近注目されています。ここに現物(写真下)がありますが、どうですか?
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インドネシアでこれまで害虫として駆除されてきたガ「クリキュラ」の繭。黄金色をしており、今ではそのシルクを活用しようと国を挙げて取り組んでいる |
──本当に黄金色ですね。天然でこんな色をしているとは驚きです。
長島 これもヤママユガ科に属しており、実は現地では街路樹を食べる害虫として嫌われ者だったんです。ちょうど私達の研究グループが、野蚕の調査で訪れた時、この黄金のシルクを発見し、今では国を挙げて「国の資源にしよう」と取り組んでいるんです。
──カイコ以外にも、シルクをつくり出すガがいたとは知りませんでした。
クリーム、液体、パウダー...いろんな形状に変化するシルク
──ところで、これまでのシルクの概念を打ち破るような新しい機能性を発見されたとのことですね。私も昔、「シルクで食べ物を包んでおくと腐りにくい」という言い伝えを聞いたことがありますが…。
長島 そうなんです。私どもの実験では、シルクをクリーム状にして培地をつくって、そこへあらゆる菌を植え込んでみたんです。
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フィルム状になったシルク。シルクはさまざまな形状に変化する性質を持っている |
──シルクがクリーム状になるんですか?
長島 はい。その状態を「ゲル」というんですが、実は、シルクはその性質を変えずに、いろいろな形状に変えることができるんです。例えば、ゲルを始め、液体やフィルム(写真上)、パウダーなど、あらゆる形に変化します。
そこで実験の方ですが、普通に考えると、シルクの主な成分はタンパク質ですから、菌がタンパク質を食べて増殖すると思いますよね。ところが、どんな菌を植え込んでも増殖しないんです。しかし、よく調べると菌は死んでいない…。そこで、ゲルに植え付けた菌をそのまま別のカンテンでつくった培養地に置くと、ワッと増殖したのです。
──菌を増やしもせず、殺してもいない…?
長島 面白いでしょう。増殖を抑えているんです。これを「静菌作用」と呼んでいます。字の通り、菌の動きを静めているということで、ここに5年前につくったゲルがあるんですが、未だカビも生えていないんですよ。
──本当ですね。まったく生えていませんね。普通5年も経っていたら、腐って存在していないでしょうね。
長島 そうですね。また、乾燥もせず、みずみずしくありませんか? 実は、保湿性にも優れていて、いつまで経ってもこの状態なんですよ。
──本当に、5年前のものとは思えません。確かに、繭で身体を覆っている幼虫としては、繭にカビが生え朽ちても困るし、乾燥に弱ければ自分も干からびてしまいますからね。
長島 繭は身を守る役割を担っていたんです。同じことが紫外線に対してもいえます。
実験で、カイコの幼虫から繭を外して紫外線を浴びせたところ、ほぼ100%奇形になり(写真下)、4割は死んでしまいました。もちろん繭を付けたままでは何ともないですし、繭を取った幼虫に紫外線を一切当てずに育てたら、きちんとふ化したんですよ。
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カイコにおける紫外線の影響。カイコの幼虫に繭をつけたままの場合(a)、繭を外した場合(b−d)で、紫外線を浴びせたところ、外した方はほぼ100%異常個体となった |
──紫外線が幼虫にそれほどの影響を与えることも衝撃的ですが、それを強力に防ぐ機能が繭にあったとは驚きです。
長島 さらに実験では、家蚕よりも野蚕の繭の方が、紫外線の遮断力が強いことが分りました。
紫外線は波長の長さにより、長いものからUV−A、UV−B、UV−Cの3つに分けられます。先程説明した実験でも分るように、これらを浴びると身体に何らかの影響が現れます。UV−Aは、皮膚を老化させて皮膚ガンの原因に、またUV−Bはやけどや皮膚ガンを引き起こす元といわれています。またUV−Cは免疫力を抑え、皮膚ガンなどの原因となる最も強力で危険な紫外線ですが、現在地球上には降り注がれていません。
結果を見ると、家蚕繭がUV−B・Cを主にカットするのに対し、なんとどの野蚕繭もUV−A・B・Cすべての紫外線を防ぐのです。
──いろいろな特性があって、びっくりしました。しかし、シルクには長い歴史があるにも関わらず、これまでそれらの機能性がほとんど注目されてこなかった…。なぜなんでしょう?
長島 確かに、昔からシルク研究は行なわれてきましたが、こういった機能性の発見はここ数年の話ですね。
やはりこれまでの研究は、「いかにいいシルクをたくさんつくれるか」に焦点が絞られていたのです。そのため、シルクそのもの、ひいてはカイコにとって繭がどういう役割を担っているのか、生物学的な見地での研究はほとんどなされてこなかったわけです。
──これまでの研究のベースには、「シルク産業」というものがあったんですね。
長島 ここに来て急速に研究が進んだのには、シルクをゲルや液体などさまざまな形状に変えることに成功したことが、大きく貢献しています。やはり糸のままでは、これらの研究もなかなか進まなかったでしょうね。
化粧品、ジュース、ジャムなどシルクをさまざまな製品へ利用
──そういったシルクの優れた機能を活かし、繊維以外のものに利用できそうですね。
長島 そうですね。考えているものとしては、例えば食品や化粧品などがあります。また硬化剤を混ぜて固め、プラスチック製品の代替え素材にすれば利用法は無限ですね。
──食品への利用というと、身体へのタンパク質補給のためですか?
長島 確かに以前から、シルクタンパク質をアミノ酸に分解して食品に利用しています。また、シルクタンパク質は脂への吸着力が高く、脂を包み込む性質がある一方、ほとんど体内で消化されず、そのまま体外へ排出されるという特性もあるので、それを活かした健康食品素材として有望視されているんです。実際に実験で、脂肪肝のラットに与えたところ、なんと肝臓の脂肪が消えたんです。
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シルクタンパク質入りのドリンク (手前は、さまざまな種類の繭) |
──新しい健康食品、はたまたダイエット食品としても、多くの人達から関心を集めそうですね。
長島 実は、すでにシルクタンパク質入りのドリンク(写真左)が販売されているんですが、これから注目されるかも知れませんね。
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試作したシルク入りジャム(ブルーベリー味)。 シルクが食感を高め、口当りが良い |
また他にも、製品化されてはいませんが、研究室でジャムをつくってみました(写真右)。すごく食感を高める効果があり、非常に口当りが良く、スッーと溶けていく感じがするんです。今、ヨーグルトも試作中なんですが、たくさんの食品に応用が効きそうです。
──シルクがそんな頼もしい食品素材になるとは、思いもよりませんでした。
長島 また以前、シルクのスキンクリームをつくり、老若男女、そしてアレルギーのある人などいろんな方にパッチテストをしてみたんです。そしたら驚くことに500人中、誰1人反応のあった人がいないというほど、肌への親和性が高いことも分りました。ですから、身体に密着するもの、例えば、コンタクトレンズや肌に付けるクリームには最適です。特に化粧品では、紫外線防止や保湿性の機能も活かせ、最も期待の高い利用法です。
──手術用の糸にも使われているほどですから、その安全性はお墨付きですね。
長島 そうですね。子供のおもちゃの材料として、また住宅業界では壁紙などへの利用も考えられますね。基礎研究はほぼ終っているので、あとは企業の方にお任せするだけなんです。
──天然素材で身体に優しいので、住宅の化学物質問題解決のヒントが見えてきそうです。可能性は広がりますね。
最後に、今後の研究のテーマは?
長島 経済、環境、植物などの専門家とともに、『千年持続学会』という学会を立ち上げているんです。ここでは、千年先を見越してわれわれの生活、そして地球というものを多方面から捉えようという取組みをしているんですが、その活動を積極的に行ないたいと思っています。私の立場からは、シルクのさまざまな利用法の発明と、シルク製品の再利用に関する研究を行なっています。
実は、シルクはリサイクル可能な「再生可能資源」でして、いらなくなったシルクのネクタイや着物などを、糸以外の形、例えばフィルムや固形としても再利用できるのです。それも1回だけのリサイクルではなく、何回も利用できますし、成分はタンパク質なので最後には自然に帰すことができるんです。
──真の「環境に優しい」資源ですね。
長島 そのことをもっと広める活動をしていきたいですね。実際に、2005年の愛知万博で『千年持続学会』の活動として、これらの情報を発信する計画をしています。
さらに、天然素材というものはシルクだけではありません。繊維として使っているウールなどの毛や綿などもあり、それらの機能性を発見し、そのリサイクル法を見付けていきたいと考えています。
──まさに21世紀型の新しい、自然サイクルシステムですね。お話を伺っていて、先生のご研究は、確実に実現可能な域に入っているような感じがします。成果を期待しております。
本日は、興味深いお話をありがとうございました。
東京農業大学農学部助教授に。
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