こだわりアカデミー
人間の最長寿命は120歳。 老化のメカニズムを解明し、平均寿命を延ばすことも 研究のテーマです。
なぜ人間には「死」があるか−老化のメカニズムを解明する
静岡県立大学大学院生活健康科学研究科教授
加治 和彦 氏
かじ かずひこ

1943年水戸生れ。73年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了。(財)東京都老人総合研究所研究員を経て主任研究員に。その間、米国ウイスター研究所で二年間細胞成長因子の研究を行なう。96年から現職に。理学博士。主な著書に『無血清細胞マニュアル』(89年、講談社)、『細胞とバイオサイエンス』(91年、朝倉書店)、『細胞培養ハンドブック』(93年、中外医学社)『老化と遺伝情報の発現』(97年、学会出版センター)など多数。
1999年8月号掲載
ハエの寿命操作に成功。いつかは人間も !?
──近年、老化メカニズム解明の、有力な説が出てきたとか。
加治 テロメア説のことですね。
テロメアとは日本語で「染色体末端粒」といい、細胞の核の中にある染色体の両端のことを指します。ここが細胞分裂するたびに、回数券をちぎっていくように少しずつ短くなっていき、そしてテロメアの部分がなくなると回数券が尽きてしまい、細胞分裂ができなくなるという仕組みです。このために、細胞分裂した新しい細胞が減っていき回数券のない古い細胞が増える。これが老化の原因なのではないかというのがテロメア説です。
──遺伝子に寿命の時計が仕組まれているということですね。
加治 しかし、これはあくまで「説」であって、はっきりと解明されたわけではありません。ほかにも細胞外基質が原因ではないかという説もあります。細胞外基質はコラーゲンが主成分で、時間とともに変化、いわば老化していくんですが(写真参照)、その情報が細胞核にも伝わって大きな影響を与えているのではないかというものです。また、血管細胞が原因ではないかとか、免疫力の低下によるとかいろいろ言われており、さらに、それらが相乗的に老化を引き起こしているのでは、とも言われています。
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ヒトの血管の細胞−胞内皮細胞− 若いヒト内細胞と年老いた内細胞を同倍率で観察。老いた内細胞は、巨大化し、形も不均一になっている |
──いろいろな説があるんですね。平均寿命最長年齢化への道はまだまだ険しいですね。
加治 そうなんです。いくら追究しても難しいことなんです。でも、視点を変えて、最長寿命を延ばすという発想もあり、むしろその方が難しくなさそうです。実際にハエにおいては、寿命を管理する遺伝子を見つけて、寿命を操作することに成功しているんです。
──それはすごいですね。いずれは死なない人間も・・・。
加治 そういう可能性は、なくもないですね。
でも将来、「死」がなくなってしまったら、今の人間性は消えてなくなってしまうでしょう。人間が人間らしくあるということ、それは死があること、寿命があると知ったことによって生れたものではないかと思います。死があるからこそ、今どう生きたらいいのか、絶えず考えるようになった。それが本来の人間の姿だろうと思うんです。
例えば、ちょっと話はそれるんですが、2、30年前にネアンデルタール人の骨がイラクのシャンダール遺跡で発掘された時の話をご存じですか。一緒に矢車草の花粉が見つかったんです。その花はその近くに生えていないもので、おそらくどこからか摘んできて愛でていたようです。さらに、成人した障害者の骨も発掘されたんですが、これはすでに障害者を養う社会ができていた。いわば、憐れみの心を持っていたということなんです。さらに葬式という儀式も行なっていたことを併せると、死という概念を知っていたんだと思うんです。
──死を知っているからこそ、美しいものを愛でる心、人を憐れむ心を持っていた・・・。
加治 そうです。だから人間に「死」があることはとても重要だと思います。
老化の研究は、とかく「寿命を延ばすこと」に焦点を当てがちですが、そういうことも忘れてはいけない。そういう人間性というものを尊重しながら研究をしていかなくては、と思っています。
──今日は、非常にすてきなお話を伺えました。ありがとうございました。
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