こだわりアカデミー
日本人は、微生物の力をうまく生かす 伝統を持った民族です。
発酵で爆弾を作る!−江戸のバイオテクノロジー
東京農業大学醸造学科教授
小泉 武夫 氏
こいずみ たけお
1943年福島県の酒造家に生れる。66年東京農業大学醸造学科卒業。現在、同大学醸造学科教授、国立民族学博物館客員研究員、(財)日本発酵機構余呉研究所所長の他、秋田県・山形県・静岡県・茨城県・沖縄県のアドバイザーを務める。日本醸造協会伊藤保平賞、読売新聞社オピニオン賞、三島海雲学術奨励賞、日本発明協会西日本支部会賞、日本発明協会東日本支部会賞等受賞多数。25件の特許を持つアイディアマンでもある。『酒の話』(82年、講談社現代新書)、『灰の文化誌』(84年、リブロポート)、『麹カビと麹の話』(84年、光琳)、『寄食珍食』(87年中央公論社中公文庫)、『発酵』(89年、中央公論社中公新書)、『日本酒ルネッサンス』(92年、中央公論社中公新書)、『酒肴奇譚』(94年、中央公論社)等々単著20冊、共著22冊。農学博士。専攻は醸造学・発酵学。
1994年9月号掲載
発酵を利用して爆弾を作っていた五箇山の人たち
小泉 微生物の力を活用した日本人の発想の中で一番すごいと思う話が、江戸時代の古文書の中にあります。
越中(富山県)五箇山地方の農家では、慶長10年(1605年)頃から、発酵によって塩硝(硝酸カリウム)、すなわち爆薬を作っていたというのです。
──農家が爆薬作りを?
小泉 昔の農家には囲炉裏がありましたね。この床下2間(約3.6m)四方にすり鉢状の大きな穴を2つ掘りまして、そこに稗穀、藁、枯草等を敷き詰めて、肥沃な土と一緒に鶏や蚕の糞を入れます。それらを交互に積み重ねた後、一番上から貯えておいた人間の小便を大量にかけ、土をかぶせて発酵させるのです。5−6年後には塩硝土というものができますから、これを土桶という檜作りの桶に移し、上から水を満遍なくふりかけ、一昼夜かけて出てきた濾水を釜で煮詰め、草木灰を加えて濾過してまた煮詰め、木綿で濾し、自然乾燥させますと灰汁煮塩硝(あくにえんしょう)というものができるわけです。これを数度精製を繰り返し、できた塩硝を加賀藩へ納めていたんです。
すなわちその生成メカニズムは、蚕糞や鶏糞、人尿に含まれている尿素(CO(NH2)2)が土壌中の微生物の作用を受けて脱炭酸されてアンモニア(NH3)となり、これが酸化されてまず一酸化窒素(NO)となります。さらにこれが酸化されて過酸化窒素(NO3)となり、これに水がついて硝酸(HNO3)になるんです。一方、植物や草木灰には多量のカリウム(K)が含まれていますから、これが発酵によって組織から離れると、硝酸と結合し硝酸カリウム(KNO3)ができるという、実に綿密に計算された高度な化学です。
──これは驚きました。どうしてそんな作り方が分かったんでしょう。
小泉 まさに神がかり的な発想です。おそらく、どこかの農家に放置されていた堆肥が偶然に偶然が重なって、ある時ドカーンといってしまったんでしょうが、それを見逃さないというのがすごい。ノイベルグという人が微生物でニトログリセリンを作り、ダイナマイトを発明したのが第1次世界大戦の終り頃ですが、それよりも400年近く前に日本人は発酵によって爆薬を作っていたんです。誰が最初に作ったのか知りませんが、奇跡的な発明ですね。
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