こだわりアカデミー
ゴリラの社会には 人間の社会構造の根底を探るヒントがあります。
ゴリラに見る人間社会の起源
京都大学大学院理学研究科教授
山極 寿一 氏
やまぎわ じゅいち

やまぎわ じゅいち 1952年、東京都生れ。75年、京都大学理学部動物学科卒業後、京都大学院理学研究科博士課程修了。京都大学霊長類研究所助手、大学院理学研究科助教授を経て現職。78年−83年、アフリカ・ビルンガでゴリラの研究に従事。80年から2年間ケニアの日本学術振興会アフリカ研究センターに勤務。83年、日本モンキーセンター研究員。主な著書に『ゴリラとヒトの間』(93年、講談社)、『家族の起源 父性の登場』(94年、東京大学出版会)、『ゴリラ雑学ノート「森の巨人」の知られざる素顔』(98年、ダイヤモンド社)、『オトコの進化論 男らしさの起源を求めて』(2003年、筑摩書房)など多数。
2004年4月号掲載
野生ゴリラに接近するためには、空気のような存在になる
──先生はゴリラ研究の第一人者だと伺っております。
いろいろとお話を伺いたいと思いますが、まず始めに、先生のご専門である人類進化学について、どういう研究をされているのか教えていただけますか?
山極 人類進化学では、人間の五感やコミュニケーション、言葉などが、どのように進化してきたのかを探っています。
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(左)調査のために現地の猟師をガイドとして雇う(写真提供:山極寿一氏) |
人間の社会構造の根底を解明するために、進化の隣人であるゴリラの調査を行なっているのです。
──具体的にはどんな方法で研究されるのですか?
山極 観察を通して調査を行なうフィールドワークが中心です。野生のゴリラを観察するために、アフリカの熱帯雨林に合計6年間滞在しました。
ゴリラの群れの中に混ざって、彼らの行動を観察し、1つひとつについて詳細にメモをとるのです。
──野生のゴリラの生息地は、ジャングルの奥地だと聞きます。行くだけでも大変そうですが、その上、直接ゴリラと接するなんて怖くないですか? 襲われることはないのですか?
山極 確かに現地は、虫も多く、ヒョウや毒ヘビに遭遇することもあるので、危険だらけですね。
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ゴリラの生息地では、ヒョウや毒ヘビに遭遇することもあり、危険が多い(写真提供:山極寿一氏) |
でも、ゴリラは肉食ではないですし、人間を恐れていますから、人を襲うことはありません。襲うというより、「出て行け」とドラミング(胸を叩く)をして脅しにやって来ます。
──あんなに大きな体で脅されたら怖いでしょうね。
山極 ええ。今にも掴みかからんばかりに目の前まで突進してくるので、とても怖いですよ(笑)。
でも、脅されても、そこで逃げないことが大切なんです。
何度も突進して来ますが、ひるまずにじっと立っていると、そのうちあきらめて何もしなくなります。
──人間を同種の仲間のように思うわけですね?
山極 仲間ではなく、ゴリラのルールをわきまえる一種の動物と認識してくれるようです。
私達が彼らのルールを乱さなければ、接近しても受け入れてくれるのです。だから、群れの中に入ったら、なるべく生活の邪魔にならないように、彼らが動いたら動き、食べたら食べる。行動をともにして、空気のような存在になります。
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(左)ゴリラが胸を叩くポーズ「ドラミング」(写真提供:山極寿一氏) |
顔の見つめ合いによってコミュニケーションを図る
──ところで、先生は大学院生の頃には、屋久島に通いつめて、ニホンザルの研究をされていらしたそうですが、なぜゴリラの研究へ移行されたのですか?
山極 人間に近い類人猿を調査したいと思い、さまざまな可能性を探りましたが、その中でもゴリラにすっかりのめり込んでしまったのです。
ゴリラには他のサルにはない、体から放たれる活力があり、人間がかなわない「威厳」を持っていると感じるのです。人間が本来あるべき姿を、ゴリラには見ることができます。
当初の研究テーマは、ゴリラ社会の中に、人間の「家族」の起源を見出すことでした。
──なるほど。先生はゴリラに惚れ込んでしまったというわけですね。先生にとってのゴリラの魅力とは?
山極 お互いの顔を見つめて、コミュニケーションを図るところです。これは他のサルにはない行動です。
一般的にサルの社会では、相手の顔を見つめる行為は威嚇であり、強いサルの特権だといわれています。
そんなふうに思っていたので、ゴリラの観察を始めた当初も、なるべく目を合わさないように、下を向いていました。しかし、逆にゴリラの方から、私の顔を何度も覗き込みに来るんです。一体これはなぜだろう?と、初めはとても不思議に思いましたよ(笑)。
──ゴリラにとって、相手の顔を見つめる行為は敵対ではないのですね。人間と同じように、相手の機嫌をうかがう、社会行動を行なっているのでしょうか。
山極 そうなんです。これにはとても驚きました。
相手の顔を見る行為は、ゴリラにとって強烈な意思表示になります。視線にはいろいろな意味が込められていて、言葉はなくても、対面姿勢をとることで、コミュニケーションをとっているのです。
──人間も言語を使う前は、そうした行動をとっていたのかもしれませんね。
ゴリラ社会は強者ではなく、弱者がイニシアティブを握る
──こうしてお話を伺っていくと、ゴリラの社会には、人間社会と共通する要素がたくさんありそうです。
それにしても、相手の顔を見る行為が、コミュニケーションのベースになっているとは驚きです。力の強さで物事が決まるというイメージがあったものですから。
山極 通常はそう思います。
しかし、ゴリラの社会では、力ではなく、むしろ弱い立場の者がイニシアティブを握っています。先程話したような顔の見つめ合いによって、弱い者は意思を主張し、強い者はそれを読み取ろうとします。
──弱い者の気持ちを汲み取るとは、かなり高度な社会行動ですね。
山極 そうなんです。さらに私が驚いたことの1つに、喧嘩の仲裁が挙げられます。
立場の強い者同士が喧嘩していると、弱い立場の者が仲裁に入り両者の顔を見つめます。すると、争いが止むのです。仲直りさせるのは、弱い者の役割なのです。
──不思議ですね。なぜ立場の弱いゴリラが、仲裁という難しい行動をとるのですか?
山極 それは、両者のメンツが守られる仲直りの仕方を、ゴリラが心得ているからです。
強い者が仲裁すると、強制的な終結となり、両者の心には不満が残ります。しかし、弱い者が間に入ると「仕方がない」と、自発的な和解ができるのです。これも他のサルにはない行動です。
──確かに、ゴリラの社会は知れば知るほど面白いですね。
ところで、先生は、今後どのようなテーマに取り組まれるのですか?
山極 ゴリラとチンパンジーの共存について研究していきたいと思います。
──ゴリラとチンパンジーは近縁なので、共存すると喧嘩が起こるのでは?
山極 ところが最近の研究で、彼らはほぼ同じ場所に住み、同じ物を食べているという事例がいくつか報告されています。
まだ全貌は明らかになっていませんが、子供同士が一緒に遊ぶこともあるようです。
──それは驚きました。どうして共存できるのか、興味深いテーマですね。
山極 その他にも、類人猿社会における「遊び」についても研究したいと思っています。
──とおっしゃいますと?
山極 遊びは、非常に重要な社会行動で、人間の営みもすべては遊びが起源となっています。
人に、より近い存在である類人猿の遊びを調べれば、人間の社会構造の根底を解明できるのではないかと思うんです。
──本日は、先生のお話を伺ってゴリラのイメージが変りました。今後もご活躍を期待しております。
どうもありがとうございました。
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『オトコの進化論 男らしさの起源を求めて』(筑摩書房) |
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