こだわりアカデミー
人間にとってあまり気になる存在ではないけれど 実は、ミミズがいなくなったら大問題なんです。
ダーウィンが始めたミミズ研究
中央大学経済学部教授
中村 方子 氏
なかむら まさこ

1930年東京生れ。53年、お茶の水女子大学理学部動物学科卒。東京都立大学理学部勤務を経て、現在、中央大学経済学部教授(生命科学担当)。主な著書に「生態学実習書」(67年、共著、朝倉書店)、「動物の物質経済研究法」(78年、共著、共立出版)、「バイオ・サイエンス」(82年、共著、芦書房)、「女性研究者-あゆみと展望」(85年、共著、ドメス出版)、「教養の生命科学」(95年、朝倉書店)、「ミミズのいる地球」(96年、中公新書)等がある。理学博士。
1996年10月号掲載
ダーウィンの研究の続きができるかな・・・と
──先生の著書「ミミズのいる地球」を拝読し、ミミズが地球の生態系にとって大変重要な役割を担っていると知り、驚きました。
それにしても、ミミズを研究している方というのは世界でもたいへん珍しいと思います。しかも女性で・・・。ご無礼なことをうかがうようで恐縮ですが、先生はもともとミミズとか虫とかいったものに強い関心がおありだったんですか。
中村 生き物に対してはっきりとした興味を持つようになったのは、4歳の夏です。小さい頃は、夏になると毎日セミを追いかけていましたが、ある朝、真っ白なアブラゼミを見つけたんです。いつも見ているセミと違うなと不思議に思ってじっと見ていると、その真っ白な羽の中にスッ、スッと体液が流れていく、そしてだんだん見慣れているセミの姿に変わっていったんです。それはすごく感動的でした。
その光景は今でもしっかりと私の脳裏に焼きついていますが、「生き物って時間とともにこんなに変わっていくのか」と、その時初めて、生き物の世界における時間の流れを感じました。
で、私は小さい頃から「女の子だからそんなことをしてはいけません」とか「女の子だからこうしなさい」といったようなことは一度も言われずに育ちましたので、そのまんま、動物学科に進んでしまったんです。周囲からはいろいろ言われましたけどね(笑)。
──で、その後ミミズに興味を・・・?
中村 大学3年生の夏休みに、チャールズ・ダーウィンの晩年の著書「ミミズと土」(1881年)を読んだんです。それがたいへん面白くて、そこからミミズに対する興味が湧いたんです。
──ダーウィンが、ミミズに関する本を書いていたとは驚きです。どういうところが面白かったんですか。
中村 ダーウィンは、私にとっては神様みたいな存在なんですが、本を読むと、そのダーウィンが、ご自分の家の庭で、ミミズが穴に物を引きずり込むのをじーっと観察しているんです。あんなに気難しそうな人がそんなことをしているなんて・・・と、面白がって読んでいくうちに、自分でもやってみたいと思ったんです。
例えば、ダーウィンがあの頃やったのは、ミミズはキャベツやタマネギには反応するけれど、嗅ぎタバコには反応しない、といったような研究でしたが、私だったら、今の時代、もっと面白いことができるんじゃないか、つまり、キャベツやタマネギに反応を起こさる物質は何か、嗅ぎタバコに反応を起させない物質は何か、というようなことは、ガスクロマトグラフィーを使えば簡単に分かるはずですし、そうなれば、ダーウィンのやった研究の続きを私がやることができるのではないか・・・と。
──19世紀には分からなかった問題も20世紀ならできるかもしれない・・・。
中村 それをやりたかったんです。実際は、未だにできていないんですが・・・。
ミミズは土壌の動物性タンパクのまとめ役
──ところで、ミミズは、生き物の中では比較的地味な存在ですが、地球の生態系を考える上では大変偉大な存在だということですね。
中村 ほんとうにそうなんですよ。まず、ミミズは土や泥の中に散らばっている窒素を食べて、それを体内で動物性タンパクに変えます。そのミミズを野鳥やニワトリが食べるわけで、もし、ミミズがいなかったら、たとえ土の中に動物性タンパクがあったとしても、鳥たちはそれを摂取することができないわけです。
──なるほど。自らの身体が動物性タンパクのまとめ役になっているわけですね。鳥たちにとっては重要な栄養源だ。
中村 その鳥をわれわれ人間も食べているわけですから、私たちも結局、ミミズを栄養源としていることになります。
──大きな食物連鎖の中で、われわれ人間とも関係しているということですね。
中村 それから、ミミズが出した糞は植物の栄養源にもなります。つまり、落ち葉のような植物の遺体を食べ、動物性タンパクに置き換えて、その栄養たっぷりの糞を土の中に排泄するわけです。そうするとその土は、次の植物育成に再利用可能な状態になるというわけでし。もしこの役割が欠けると、生態系の潤滑な流れができなくなるということにもつながります。
──土壌を作ってくれるんですね、栄養豊かな土を・・・。
そう言えば、以前、春先の雨の日にあるゴルフ場に行ったら、グリーン一面に足の踏み場もないくらいにミミズがいて驚いたことがあるんです。キャディさんに聞いたら「ミミズの種をまいてる」と・・・。その時、ああ、ミミズってこういう使い方があるんだなと思いました。
中村 そうなんです。ミミズの糞の入った土をゴルフ場のグリーンにまくと、芝が大変良くなるということです。
一時は、ミミズがいるとモグラがきて土を掘ってしまい、グリーンが台無しになるというんで、ゴルフ場では殺虫剤などをまいてミミズや虫を全部殺していましたね。
しかしそれは結局のところ、土を痩せさせ芝を枯れさせる、また、薬が地下水に入り川に流れ込むということになって、人間にいい環境を及ぼさないということが分かってきたんです。
そういう意味で、最近はゴルフ場管理の考え方もずいぶん変わりました。
──やっとミミズに対する理解が出てきたのかな。ほんとに、自ら自然界の餌になると同時に、土粒の形成、浄化もやり、植物の栄養をも作っているというわけですから、偉大な生き物ですよね。
中村 それにミミズは伝染病の媒介をやるわけでもないし、人間に対して悪さをするわけでもありませんから、もうちょっと友好関係があってもいいのではないかと思いますね。
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中村氏が採集したミミズを観ながら話が弾んだ |
研究が遅れているのは、ミミズが気にならない存在だから・・・
──他の植物とか昆虫、微生物なんかはかなり研究がなされていますが、「ミミズ学」というのは、あまり聞きませんね。
中村 日本の中で、ある生き物が学問の対象として成り立つとしたら、例えば、まず、病気を伝播するとか人間にとって危険だからという理由でその生き物を退治しなくてはならないとか、あるいは、その生き物がものすごく美しくて、しかも滅多にいないという場合に、その生息地や生態、そしてどうやったら増えるかというようなことを知りたい、というような動機がないとだめだと思うんです。
逆に言いますと、例えばゴキブリだったら、みんなその存在そのものがいやだと思うしょう。だから、どんな行動をするのかを知り、どこに罠を仕掛ければ捕えやすいかという研究をするわけです。
その点、ミミズは困るものでもなく、美しいものでもなく、そこにいようがいまいが、人間にとって気になる存在ではありません。私の本を読んで「気がついたら20年間ミミズを見ていなかった」とおっしゃった方もいるくらいです。
──可愛がろうとも、退治しようとも思わない・・・。だから放っておかれたというわけですね。
中村 だけど、恐いのは、ミミズが住めなくなった土地というのは、結構大きな問題だということに、あまり皆さん気づいていないということです。
落ち葉なんか、きれいに掃除して捨ててしまう方が多いですが、そうするとミミズの餌がなくなってしまうんです。餌がなければ、当然ミミズもいなくなる。ミミズのいない土は、栄養がなく水分を吸収することもないので、雨が降るとそのまま表面を流れていってしまいます。だから植物も育たないし、当然ミミズを餌とする鳥も住まなくなっていくんです。そうなると、自然破壊の重症なんです。
──そういう「自然破壊」という切り口からミミズに取り組む研究がもっとなされてもいいように思いますね。
ミミズのナチュラルな進化を見守りたい
──ところで、先生は今後どういうテーマでミミズに取り組んでいかれるのですか。
中村 ミミズは4億年も前から地球に存在しており、今分かっているだけでも体長0.44mmから3.6mのものまで約3,000種類がいると言われています。私は、地球の歴史と結びついた形で、ミミズを見ていきたいんです。その地域、地域に、そのミミズの種が存在する意義、進化の過程を知りたいと思います。そういう意味で、今は、ガラパゴス、ニューギニア、マダガスカルといった、人間が比較的まだひっかき回していない地域で、ミミズのナチュラルな進化の様子を見守っているところです。でも、そこですら、すでにひっかき回されている感もありますけどね…。
──先生には今のうちに、ミミズと生態系との関係をきちんとした記録として残しておいていただきたいと思います。そのためにも、もっと周囲の理解や協力を得ることが必要ですね。そういう意味でこの対談が何らかのお役に立てればと思います。本日は勉強になりました。ありがとうございました。
1998年2月に『ヒトとミミズの生活誌』(歴史文化ライブラリー No.31)発刊。 ※中村方子先生は、2022年にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
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