こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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環境に応じて形を変える植物。 その秘められた能力は計り知れません

葉っぱの不思議を探る

東京大学大学院理学系研究科教授

塚谷 裕一 氏

つかや ひろかず

塚谷 裕一

1964年神奈川県生まれ。88年東京大学理学部卒業、93年同大学院理学系研究科植物学専攻博士修了、理学博士。日本学術振興会PD特別研究員を経て、93年から東京大学分子細胞生物学研究助手。99年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助教授。2006年から現職。専門は葉の発生・分子遺伝学。海外でのフィールド調査や、植物の多様性についての研究も行っている。著書に『植物の〈見かけ〉はどう決まる 遺伝子解析の最前線』(中公新書)、『植物のこころ』(岩波新書)、『スキマの植物図鑑』(中公新書)など。

2014年8月号掲載


「変なモノ」を見つけるのが得意で、新種の植物を発見!

──先生のご専門は生物学で、中でも植物をマクロ、ミクロの両面から研究されていると伺っております。
マクロの分野では、主に熱帯地域でのフィールド調査を積極的に行い、いくつもの新種を発見されているそうですね。熱帯というと、どういった場所で?

塚谷 主に、インドネシアのボルネオの奥地などです。

──熱帯雨林の中での調査は大変でしょうね。

塚谷 ええ。お腹までどっぷり入る深さの川の中を歩いたり、道なき道を山刀で切り拓きながらの調査ですので、いろいろ危険もあります。ときには、咬まれたら最後、助かりようのない毒ヘビに遭遇することも。夜眠るのも、木の枝を支えにしてビニールシートを張っただけの即席のテントが寝床で、食料は川で釣った魚やエビといったところです。

──何とも過酷な調査ですね。そういった場所で、どうやって新種の植物を発見されるのでしょう。見つける秘訣みたいなものがあるのですか?

塚谷 これといって特別な秘訣があるわけではないのですが・・・。強いていうなら、「変なモノ」を見つけるのが得意ということでしょうか。

──それはどういうことですか? 


塚谷 私はもともとパターン認識力(事象の特徴を認識して、複数の概念のうちの一つに対応させること)が強いようで、ノイズの中から「変なモノ」を見つけるのが得意なんです(笑)。植物を見つけるときも、一つひとつをじっくりと観察するのではなく、早足でザーっと流すように見て、そこに少しでも変わった植物があると「ん?」と立ち止まるといった感じです。

──なるほど。頭の中で植物がきちんと分類されているから、変わったモノを見つけると、どこにも属さない「新種」として認識するわけですね。

塚谷 はい。「違和感」で新種を発見しているといってもいいかもしれません。

形を変えて生き残る植物の複雑な仕組み

──一方、ミクロの分野では、葉の発生や形を遺伝子レベルで解明するという研究に取り組んでいらっしゃるとか。葉の成長をコントロールする遺伝子も発見されたそうですね。具体的にどのような実験を?

(写真上)調査活動の現地では、木の枝を支えにビニールシートを張っただけの即席のテントで雨露をしのぐ。(写真下)実験植物「シロイヌナズナ」の芽生えの顕微鏡写真。特定の状態の細胞核を緑色に光らせたところ〈いずれも写真提供:塚谷裕一氏〉

 塚谷 「シロイヌナズナ」という遺伝子を人為的に操作し、葉っぱの大きさをどこまで変えられるか、研究しました。ある遺伝子のセットを揃えると葉が3倍くらいの大きさになるという実験結果が得られまして、これは今のところ、世界に先駆けたチャンピオンデータなんです。

──3倍もの大きさになるんですか! 植物とは何とも不思議な生物ですね。

塚谷 そうなんです。植物には環境に応じてサイズを変えられるという特性もあります。例えば、「オオバコ」という雑草は日本全国で見られますが、頻繁に除草されている場所のオオバコは、小さく特殊化している。大きくなると、すぐ人間に抜かれてしまうからです。

腐生性の「タヌキノショクダイ」属の新種。このグループは地球上で最も風変わりな形の花を付ける一つ〈写真提供:塚谷裕一氏〉

──生き抜くために小さくなるんですね。どうしてそのようなことができるのか・・・、植物の生命力、繁殖力のすごさは以前から感じていましたが、ますます驚きです。
ところで先生は、そもそもなぜ植物に興味を持たれたのですか?


塚谷 最初は昆虫少年だったのですが、小学生の頃に転向しました。身の回りの植物を観察しては、図鑑で名前を調べることが面白くて。今も、植物に秘められたさまざまな謎を解くことが楽しくて仕方ないのですが、趣味の延長線上にいるという感じでしょうか(笑)。

大都会の「スキマ」に生きる多種多様の幸せな植物たち

──ところで、先生のご著書『スキマの植物図鑑』は非常に興味深かったです。都市の中のちょっとしたスキマに、実に多種多様な植物が生育しているのですね。私もよく、コンクリートの裂け目やアスファルトの割れ目などに生える植物を目にするのですが、ご著書には四季折々の植物ときれいな花が、数えたら110種も紹介されていて感動しました。

 塚谷 ありがとうございます。10年ほど前からカメラを手にまちを歩き、撮った写真は300種以上、約1,000枚にもなります。
スキマというと、一見、窮屈で居心地の悪い場所に思えますが、実は植物にとっては楽園なんです。

2009年4月、東京都で撮影した「カタバミ」。春から秋にかけ黄色の花を咲かせる〈写真は塚谷氏が撮影。『スキマの植物図鑑』より〉

──楽園?

塚谷 太陽の光を思う存分浴びられますし、アスファルトに封じられた地下は水が蒸発することもない。太陽も水も独り占めできて、しかも、他の植物とも競争しなくて済むのですから・・・。植物にとっては天国のような環境だと思いませんか?


──なるほど。都市という環境は埃っぽくて騒がしく、窮屈で過酷とイメージしがちですが、人間の思い込みなんですね。そう考えると、私たちの身近なまちのスキマでも思わぬ新種の発見があるかもしれません。

塚谷 おっしゃる通りです。民家の雨どいに「クロマツ」が生えたり、放置されたトラックの荷台から北米原産の帰化植物「アメリカフウロ」が伸びてきたりと、思いがけない場所でも植物はたくましく生きられますから・・・。思わぬ外来種や新品種をこれから発見できる可能性は決して低くないと思います。

──スキマで新発見とは、何だかワクワクしますね。夏休みのお子さんの自由研究のテーマにも良さそうです。

 
(写真上)2002年6月、愛知県で撮影した「ヒメコバンソウ」。名前の通り、小判型の果実を付けるコバンソウの、ミニチュア版のようなイネ科の草。(写真下)07年3月、愛媛県で撮影した「ノボロギク」。欧州原産の帰化植物〈写真はいずれも塚谷氏が撮影。『スキマの植物図鑑』より〉  

 塚谷 そうですね。私も、子どもたちが植物に興味を持ってくれることを期待しています。いまだに、月に何回かは新しいスキマ植物を見つけることがありますので、身近な場所から植物観察を始めてみてはいかがでしょうか。発見したときの喜びを知ると、植物にどんどん興味がわいてくると思います。

──先生の今後の研究テーマについてお聞かせください。

塚谷 いろいろあるのですが・・・、現在は葉っぱの裏と表の仕組みの多様性にも興味を持っています。普通、葉っぱには裏と表があるのですが、その片方の性質しかつくらない葉もあります。どんな遺伝子が働いてそのような進化ができたのか、その複雑な仕組みを解明したいと考えています。

──本当に植物の世界は奥が深いですね。でも、謎の数だけそれを解くという楽しみもありそうです。多くの可能性を秘めた植物の新たな発見を心待ちにしたいと思います。
本日はありがとうございました。


近著紹介
『スキマの植物図鑑』(中公新書)

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