こだわりアカデミー
砂漠から生れた西洋思想と 森林から生れた東洋思想は 宗教も世界観もまったく異なります。
「ロゴス」と「レンマ」−風土がつくる思想
地理学者 清泉女子大学文学部教授・東京大学名誉教授
鈴木 秀夫 氏
すずき ひでお

1932年横浜市生れ。55年、東京大学理学部地学科卒業。理学博士。93年3月まで、東京大学理学部地理学教授を務めた。専攻は地理学。82年に風土研究賞受賞。主な著書は「超越者と風土」「風土の構造」(大明堂)、「氷河時代」(講談社)、「氷河期の気候」(古今書院)、「エチオピア標準語入門」(アジスアベバ社)、「エチオピア標準語辞典」(日本字研社)、「気候の変化が言葉をかえた」「森林の思考・砂漠の思考」(日本放送出版協会)等。ドイツ留学の経験も持つ。
1993年10月号掲載
人間を「個」と考えるから民主主義が成り立つ
鈴木 ところが、日本は近年、西洋思想から生れた制度や方法等を数多く取り入れている。中でも代表的なのが「民主主義」ですが、これは本来、仏教徒が主流の日本には根付かない、定着しないのではないかと私には考えられます。
要するにユダヤ・キリスト教では、人間は「個」であると考えます。そして、全能なる神をものすごく大きな存在と考え、その神から見たら、個の存在なんていかにも小さい、みんな同じである。だから、それぞれの意見を出し、多数決を採って、物事を決定しようというシステムになっているわけです。「陪審員制度」などもそういう考え方のもとに生れていると思います。
──私などの考えからすると、陪審員という、言わば法律に関しては素人の集団に有罪だの無罪だのと決められてしまうより、経験や勉強を積んだ権威ある大裁判官に判定してもらった方が、納得できるのではないか、と思ってしまうんですが・・・。
鈴木 そのあたりが、仏教との違いで、個人、インディビジュアリズムが元になっているかどうかでしょうね。つまり、ユダヤ・キリスト教は、神のもとで人間はちっぽけな存在同士、みんな平等、対等である、という考えなんですね。
反面、仏教では、菩薩など修行に応じて階層があるように、われわれの中に、より知識の豊富な人の意見や判断を尊重するという考え方が根付いているのかも知れませんね。
──なるほど。ところで、いいか悪いかは別にして、今や、世界的にユダヤ・キリスト教的思想が広まりつつあります。日本でも、文明開化以降、どんどん西洋のものを取り入れています。中身は森林的、仏教的、円環的思考であるのに、ハード、つまり経済のシステムや生活様式等は、砂漠的、ユダヤ・キリスト教的、直線的思考が入ってきているわけです。
しかし、とりあえず接(つ)ぎ木のように西洋のものを今までの文化につなぐとしても、私たち自身が、その元木である東洋の思考の本質を理解していないと、この接ぎ木は立派な大木に育たないような気がします。さもないと、徒(いたずら)に西洋コンプレックスを増大させるだけだと思うんです。
「国際化」などと言っても、まず、自分自身の、あるいは日本、東洋の思考をはっきり知った上で、西洋の考え方も取り入れるべきではないかと思うんですが・・・。
鈴木 その通りですね、まさにそのことに悩み、日本人は日本的な生き方をすべきであると言ったのは、夏目漱石で、最近、漱石がまた読まれ出してきたというのは、そのへんにあると思います。
※鈴木秀夫先生は、2011年2月11日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
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