こだわりアカデミー
日本で絶滅してしまったオオカミを復活させることで、 自然生態系のバランスを取り戻せるかもしれないんです。
絶滅したオオカミの「復活」が、日本の自然を救う?!
東京農工大学名誉教授
丸山 直樹 氏
まるやま なおき

1943年、新潟県生れ。東京農工大学名誉教授。66年、東京農工大学農学部林学科卒業後、新潟県林業試験場勤務を経て、68年、東京農工大学自然保護学講座助手。以来、一貫して野生動物保護の研究に従事。87年、助教授、97年、教授。専門は、自然保護文化論、野生動物保護学。シカの生態、保護、管理を研究するうちに、天敵である野生のオオカミに興味を抱き、1993年に「日本オオカミ協会」を設立、会長に就任し、オオカミ復活プロジェクトを開始。編著書に『オオカミを放つ−森・動物・人のよい関係を求めて』(白水社、2007)、『地球はだれのもの?』(岩波書店、1993)など。
2007年12月号掲載
悪役イメージが定着したオオカミ
──先生のご著書『オオカミを放つ』を拝読させていただきました。
タイトルだけ拝見すると、一見、大胆な試みに感じますが、そのお話はまた後程、じっくり伺うとして、その前にまず、オオカミについて。
オオカミというと、シートン動物記の「ロボ―カランポーのオオカミ王」をまず思い浮かべます。グリム童話の「赤頭巾」や「オオカミと7匹の小ヤギ」、日本でも「日本書紀」や「万葉集」に登場しますし、「オオカミ人間」が物語の題材になったりと、洋の東西を問わず、良くも悪くも題材となっていますね。
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中国・ハルビン動物園のオオカミ。黒龍江省産で小型(ニホンオオカミと同種)<写真提供:丸山直樹氏> |
丸山 そうですね。
オオカミはイヌ科の中で最大の動物aで、ユーラシア・北米・アフリカ大陸、地中海沿岸など、人間やアカギツネに次いで広大な分布域を占めている野生の哺乳類だといわれています。雄雌のペアを中心に2〜20頭の群れをなし、狩猟を協力して行なうなど社会性が高く、家畜も襲う捕食者であることから、牧畜を主とする国々では恐れられ、嫌われてきました。
中世ヨーロッパ社会では、「凶悪」「貪欲」の代名詞として登場し、羊などの家畜を襲う「飢えた野獣」として捉えられている傾向があります。一方、古代ローマやモンゴルをはじめ、ネイティブアメリカンやアイヌの人々は、オオカミを狩に長けた神のような存在として扱っていました。
いずれも、オオカミがさまざまな動物の捕食者として、生態系の上位にいる生き物であることに起因しているようです。
──なるほど。そういえば日本でも、神や神の使いとして奉っている神社がありますね。
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ところで、そのオオカミはなぜ日本では絶滅してしまったのでしょうか?
丸山 オオカミが最後に確認されたのは1905年です。アメリカ人の動物コレクター、マルコム・アーダースンが、奈良県で地元の猟師から若いオスのオオカミを購入した記録が残っています。
絶滅した理由はいくつか考えられますが、近世、人間の生活の場が広がるにつれて山野が開発され、生活の場をめぐってオオカミとの摩擦が増えたのと同時に、狂犬病が流行したこと。また、明治以降、シカやイノシシ、サルなどの野生動物が乱獲され、餌動物を失ったオオカミが人や家畜を襲撃して殺されたり、オオカミそのものが飢餓によって減少したことなど、多くのことが関係しているようです。
──つまり、害獣として、駆逐されるようになっていった。
丸山 その通りです。オオカミの実際の生態とは異なる偏見や誤解から、危険な動物であると間違われて、次々に捕獲、駆除されていったのです。
オオカミ不在で シカ・イノシシ・サルの害が急増
──先生はご著書の中でも、絶滅したオオカミをもう一度日本に呼び戻そうとおっしゃっていますね。
丸山 はい。ご存知かと思いますが、日本では現在、シカやイノシシ、サルなどの中大型哺乳類が増加し、生態系や農林業などに深刻な影響を及ぼしています。これらの動物は、かつてはオオカミの被捕食者だったのです。
──中山間地でのシカやイノシシの農業被害は、それはそれはひどいもので、その損失は何十億円にも上ると聞いたことがあります。農作物を守るため、石や土盛りなどで「シシ垣」といったもの築いたり、また、被害に耐えかねて、村を捨てる人もいるそうで…。
イノシシは崖や垣根を崩したりもするそうですね。
丸山 そうなんです。しかし、それはすべて、自然生態系のバランスがおかしくなっているからだと思うのです。
実は私、もともとはシカの生態を研究していました。若い頃からずっとシカの生態を見続けてきたのですが、そのシカが、分布、個体数ともに年々増え続け、農作物に被害を与えるだけでなく、天然林や高山帯のお花畑など自然生態系全体にまで破壊的影響を及ぼすようになっていたのです。
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シカの食害で枯死し続ける奈良県上北山村・大台ヶ原のトウヒ原生林 |
当初、私はこれに対処するために、シカ駆除の早急な実施を説いていたのですが、ある時、オオカミをポーランドで目にしたことで、考えが大きく変わりました。
──ポーランドで、野生のオオカミを、ですか?
丸山 はい。1987年、国際狩猟動物研究者会議という国際会議がポーランドで開かれたのですが、その見学旅行で農家が点在するビエスチャディ地方の牧草地に出掛けました。アカシカの群れを観察に行ったのですが、そこでヘラジカを襲う2頭の野生のオオカミを見たのです。
──ほう。そのことがご自身の考えにどのような影響を?
丸山 私はそれまで、シカの研究者でありながら、シカの生息密度と餌植物分布の関係しかみていなかったのです。お恥ずかしいことに、シカの捕食者の存在をすっかり忘れていたのです。さらにいうと、シカは、食べものである植物との関係とともに、捕食者との関係の中でも、進化してきたことを忘れていたのです。
そのとき見た野生のオオカミの姿は、これまでの自分の研究に対する疑問へとつながっていきました。私の研究はうかつだったのではないかと…。
オオカミの復活で 食物連鎖を取り戻せ
──つまり、捕食者であるオオカミとの関係を忘れていたと…。
丸山 そうなんです。
生態系の安定、すなわち食物連鎖の保護は、生態学や保全生物学が教えるイロハのイです。にもかかわらず、私はシカだけをみて、シカを駆除することだけを考えていました。
しかし日本では、捕食者であるオオカミを絶滅に追い込んで、食物連鎖を破壊していた。それが今日のシカをはじめとした、中大型哺乳類の獣害問題の根底にあったことに気付いたのです。
──オオカミを欠いた生態系は、自己調節機能を失ったということですね。
丸山 その通りです。
オオカミが絶滅してからも、これまでは地元の猟銃会などの手によって、害獣となったシカやサル、イノシシの駆除が続けられてきました。しかし、現在、問題が起きている中山間地は、人口が都市部に流出し、超高齢社会を迎えているため活動もままならず、被害が拡大する一方です。これがまた、人口の流出につながり、過疎の連鎖が起きているのが現実です。
そこで、オオカミを復活させることによって、生態系の自己調整機能を取り戻し、自然生態系を維持することができればと考えているのです。
実際、アメリカのイエローストーン国立公園では、増えすぎたエルクジカやバイソンの個体数管理のため、捕食者であるオオカミを放し、失われた自然生態系のバランスを再構築する取り組みがされているのですよ。
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(写真上)内蒙古自治区フールンベイル盟の大興安嶺西部の草原-森林推移帯でのオオカミの糞探し風景(1996年6月)。(写真下)オオカミの糞。内容物を調べることにより、何を食べているのか知ることができる<写真提供:丸山直樹氏> |
──なるほど。
そういった目的で「日本オオカミ協会」を設立されたんですね。
丸山 はい。
先程の「赤頭巾」ではないですが、オオカミは物語の中に登場する際、極端な悪役が多く、その生態と反して「残忍」なイメージが定着し、一般化してしまっています。
そこで、「日本オオカミ協会」では、オオカミについての科学的で正しい情報を普及させるほか、自然生態系のバランスを維持するために再びオオカミを導入し、森・オオカミ・人の、良い関係を築きたいと考えているんです。
──なるほど…。オオカミに対するイメージは、ある意味、風評被害のようなものですから、正しく広めるだけでも、大変なことですよね。うまくオオカミを放つことができたとしても、野生動物が何だか理解できていない現代人は、例えば餌付けをしたために、ちょっとした事故が起きたり、また、それをマスコミが「オオカミ襲撃」などと誇大な表現をして取り上げたり…。今後、いろいろな対策が必要になってきそうですね。
いずれにせよ、一度失った生態系を取り戻すには、大変な労力と資金が必要ですよね。とても難しいことだということがよく分かりました。
本日はどうもありがとうございました。
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『オオカミを放つ』(白水社) |
丸山直樹先生が会長を務める日本オオカミ協会では、シカやイノシシ、サルなどから農林業や自然生態系を守るための署名活動を実施しています。ご協力いただける方は、同協会(pondwolf39※yahoo.co.jp、※を@に変えてください)までお問い合わせください。
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