こだわりアカデミー
複雑な文法構造を持つジュウシマツの歌。 そこには、ヒトの言語の起源を探る手掛りがあります。
ジュウシマツの歌で「言語の起源」にせまる
千葉大学文学部行動科学科助教授
岡ノ谷 一夫 氏
おかのや かずお
1959年、栃木県生れ。83年、慶應義塾大学文学部心理学科卒業。89年、メリーランド大学心理学部博士課程修了、Ph. D(生物心理学)取得。ミュンヘン工科大学動物学研究所客員研究員、上智大学生命科学研究所特別研究員、農水省農業研究センター鳥害研究室特別研究員、慶應義塾大学文学部訪問研究員を経て、94年より現職。共著に『新しく脳を科学する│動物・鳥・魚・昆虫そして人間の脳研究が面白い│』(97年、東京教育情報センター)、『ペットと暮らす行動学と関係学』(2000年、アドスリー)他。
2001年12月号掲載
学習によって生れるオリジナルのラブソング
──言語がどのようにして生れたのかというのは、ヒトの進化を考える上で最も興味深いテーマの1つであり、最も困難な課題の1つでもあると伺っています。そのような中で、先生はジュウシマツの歌文法から言語の起源を考えるという、まったく新しいアプローチをされていらっしゃいますね。
岡ノ谷 言語を持つのは地球上でヒトだけですから、他の動物と比較して、それがどのように進化してきたかを知ることはできません。それに、当り前ですが言葉には形がない。物質的なアプローチをするには、せいぜい人体や脳の化石に頼るしかない訳です。でも、だからといってあきらめてしまってはどうしようもありません。視点を変えれば、言語の起源を生物学的に研究することは可能です。
私が研究しているジュウシマツの歌には、ヒトの言葉と同じように音の並びに規則性があるのですが、その仕組みや発達の過程を探ることで、言語の起源が見えてくると考えています。
──小鳥の歌に手掛りがあるとは、なかなか面白いですね。しかし、私などはスズメの「チュンチュン」という鳴き声を聞いていても、文法があるとは思えないのですが…。
岡ノ谷 あれは「地鳴き」と呼ばれるものです。小鳥の鳴き声は「地鳴き」と「歌」に分けられるのですが、短いもので2秒程度、長いものでは数10秒続く「さえずり」のことを「歌」といいます。ウグイスでいうと、「ホーホケキョ」は「歌」で「チャッチャッ」という普段出している声が「地鳴き」です。
──どんな時にうたうのですか?
岡ノ谷 求愛の時と、縄張りをアピールする時です。ジュウシマツのオスは縄張りを持たないため、求愛の歌のみをうたいます。
──「アイラブユー」を伝えるためだけにうたうとは、洒落ていますね(笑)。その歌に人間と同じような文法があるんですか?
岡ノ谷 そうなんです。小鳥の歌はヒトの言語と同じように、いくつかの音素の並びからできていて、その音素を一定の基準で組み合せてうたっています。
ジュウシマツは8種類ほどの音素を持っているのですが、その組合せが特に複雑で、うたう度に異なる配列をとります。
例えば下図のジュウシマツの場合、aからgまでの7つの音素を組み合せて、ab、cde、fgという3つの“単語”を構成していますが、これらの単語が特定の文法で配列され、1つの歌になります。
あるジュウシマツの歌を分析し、横軸に時間、縦軸に周波数で表すと上段のようなパターンに。この分析を120秒分行なうと、下段のような文法構造があることが分った |
──どのジュウシマツも同じ歌をうたうのですか?
岡ノ谷 いいえ。音素や単語、文法は個体ごとに全く違います。それぞれが自分だけのオリジナルソングを持っている、という訳です。
──それは生れた時から、すでに持っているものなんですか?
岡ノ谷 そう思われがちなのですが、実はヒナから成鳥になる間に、学習によって獲得されるものなんです。ジュウシマツの歌の学習には2段階あって、まず第1段階は親鳥などの成熟した歌を聴いて、自分の歌の手本となる歌や発声のモデルを造る。そして第2段階で、実際にでたらめな歌をうたってみて、第1段階で造ったモデルと自分の歌の誤差を修正します。生後35日くらいからうたい始めるようになって、安定した歌になるのは生後120日くらいです。
──ということは、自分の耳で聞きながら音を調節していると?
岡ノ谷 はい。ですから歌が完成する前に聴覚を失ったり、他種に育てられたりすると、本来の歌をうたえなくなります。このように音声自体を学習する動物は、地球上にジュウシマツなどの小鳥とヒトと鯨しか存在しません。
──あんなに小さい生き物なのに、そんな能力があるなんて、驚きですね。
岡ノ谷 そうでしょう! ほ乳類に比べて、ものすごく知能が劣っていると思われていたのではないですか? 小鳥の脳には、一般に知恵の部分とされる大脳皮質がないため、あまり賢くない動物と考えられてきましたが、その分大脳に神経細胞がぎっちり集まっているんです。
──いやいや、大変失礼いたしました(笑)。
『新しく脳を科学する 動物・鳥・魚・昆虫そして人間の脳研究が面白い』(東京教育情報センター) |
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