こだわりアカデミー
歴史は必ず変る。 その時代によって歴史に対する問いかけが変るのです。
聖書に書かれた未来−キリスト教の歴史観
歴史学者 埼玉大学教養学部教授
岡崎 勝世 氏
おかざき かつよ

1943年富山県生れ。67年東京大学文学部西洋史学科卒業後、同大学の大学院へ進み、博士過程単位取得後退学。大学では林健太郎教授、大学院では成瀬治教授に師事。専攻はドイツ近代史。今後の研究活動としては、ドイツの啓蒙主義時代の歴史学のほか、古代から19世紀までの人々がどういうふうに世界を見て世界史を考えてきたのかをまとめたい、とのこと。著書に『聖書vs世界史−キリスト教的歴史観とは何か』(96年、講談社現代新書)がある。
1998年3月号掲載
同化することが「国際化」ではない
──ところで今盛んにグローバリゼーションということが言われ、これまで以上に外国の方や文化と接する機会が増えてきています。しかしヨーロッパの人達のように、聖書が今も深く影響しているなど、われわれ日本人とは明らかに違う点が多々あります。これは何もヨーロッパの人達だけとは限りませんが、こういった思想や文化、そして歴史観の違いは、大きな壁になってしまわないでしょうか。
岡崎 確かに違う面は多々ありますが、だからこそ相手のことがよく見えてくるのだと思います。私の大学に来ている外国人留学生達を見て感じるのは、これは私達が外国に行く場合にも同じことが言えると思いますが、ある程度自我が確立した時に外国に行く方が、その国への理解が進むのではないかということです。国際化というのは、お互いに同化すればいいというものではないですからね。
──なるほど。自分というアイデンティティーというか、軸がちゃんとでもできあがった上で接触する方が理解度も増すわけですね。
岡崎 ええ。むしろ親の海外赴任先で生まれて現地の学校へ行ったお子さんが日本に帰って生活する、と言う場合の方が苦労するんじゃないでしょうか。自我のないうちに違う文化の影響を受けるわけですからね。個性というのは、あくまでも生まれ育った場所でできるものですから。
──つまり、己を知り、相手を知るというか、そしてそれを通じてお互いの文化を知るということがますます必要になりますね。
岡崎 そこで大切なのは、尊重するということだと思います。
これも、われわれが学生達によく言うことなんですけれども、外国に行った際に「とにかくその国の人が大事にしているものをいち早く感じ取り、それを自分自身でも尊重しながら、その国の人といろいろ議論できるような、そんな感覚が大事だ」と言っています。これは若い人には是非身に付けておいて欲しいと思います。
これは心構えの問題なんです。
例えば寺院に行く時に、その国によっては靴を脱いで入らなければいけないところもあるし、靴のままで入れるところもあるかもしれない。その国々によって大事にしていることがいろいろ違いますから、まずそれに配慮する。それだけでも随分違うのではないでしょうか。
──実を言うと、私自身、外国の方とビジネスをする場合に言葉の問題以外にも、ちょっとしたギャップみたいなものを大変煩わしく感じることもあったのですが、先生のお話を聞いたお陰で少し気が楽になってきました。
今日はキリスト教的歴史観から外国人との付き合い方まで非常に幅広い話になってしまいましたが、とても勉強になりました。ありがとうございました。
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