こだわりアカデミー
消滅の危機に瀕しているツングース語。 少数言語にも優れた表現力と複雑さがあります。
消滅の危機に瀕するツングース語
北海道大学大学院文学研究科教授
津曲 敏郎 氏
つまがり としろう

つまがり としろう 1951年、福岡県生れ。北海道大学文学部卒業後、北海道大学文学部助手、小樽商科大学助教授、同教授を経て、現在北海道大学大学院文学研究科教授。専門は北方少数民族言語学、特にツングース諸語の記述的・類型的研究を行なう。2001年、ウデヘ人の元教師の自伝『ビキン川のほとりで 沿海州ウデヘ人の少年時代』(北海道大学出版会)の翻訳・編集を手掛ける。
2003年10月号掲載
日本語の起源と関連深いツングース諸語
──先生はシベリア・極東の先住民の言語である、ツングース語のご研究をされていると伺っております。研究の傍ら、言語の保存にも力を注いでいらっしゃるそうですが、本日はその辺りのお話について、いろいろと伺っていきたいと思います。
まず始めに、ツングース語とは一体どんな言語なのかを教えていただけますか。
津曲 ツングース語というのは、東シベリアからロシア沿海州・中国東北部に掛けて分布している言語です。
世界の言語は、インド・ヨーロッパ語族、アフロ・アジア語族、シナ・チベット語族、オーストロネシア語族など10種類以上の語族に分類されています。ツングース語は、チュルク諸語、モンゴル諸語とともに「アルタイ諸言語」に分類されていますが、それらの関係についてはまだ明らかではありません。
![]() |
ロシア沿海州、ウデヘ族主要居住地 |
──ツングース民族とはどこに居住していて、どんな生活をしているのですか?
津曲 主に中国東北部とロシア・シベリア東部の地域に分布していて、北方は遊牧、南方は狩猟を主な生業としています。一般的には、黒澤明監督の映画「デルスウ・ウザーラ」の主人公がツングース人として知られています。
言語は、ウデヘ語、ナーナイ語、満州語、ウイルタ語など、10種類以上に分かれていて、単語の並び方や文章の構造などが、日本語と非常によく似ているんですよ。
──それは驚きました。海を挟んだすぐ隣の大陸に、日本語の祖語があるかもしれないのですね。
津曲 日本語の起源はいろいろな系統説があり、まだはっきりと解明されていませんが、その可能性はありますね。日本列島には南北両方の系統の流れがありますから、言語学だけでなく、民族学や考古学などあらゆる分野で研究を行なっていかなければ、私は解明できないと思っています。
──確かに日本列島のちょうど真ん中辺りを境に、北と南で方言や習慣、風俗などに違いがありますよね。
それでは日本語の系統を証明するには、一体どんな方法があるのでしょうか。言語学的に証明するというのは非常に難しいことだと思うのですが。
津曲 そうですね、代表的なものとして、「比較言語学」があります。言語は同じ祖語からの派生であれば、必ず規則的な似方をするので、単語間に音韻対応が組織的に生み出されているかなど、言語同士を比較して系統を証明します。
インドからヨーロッパに掛けて分布する多数の言語が「インド・ヨーロッパ語族」として一括されたのも、この比較言語学によるものです。
──定住性が高い民族であれば有効な方法でしょうね。しかし、アルタイ系のような遊牧民族になると、同じ比較法が通用するのかは疑問に思いますが。
素人考えで大変恐縮ですが、言語を比較するならば、変化が起きやすい単語よりも、変化の起きにくい文法の方を調べた方が良いのではないかと…。
津曲 確かにそういった考え方もあるのですが、単語の変り方には一定のパターンがあり、客観的で確実性があります。それに対して文法は、類似点がはっきりと形では現れにくく、変化を組織立てられない面があるのです。
文法は例えば日本語なら、主語→目的語→動詞、英語なら主語→動詞→目的語というように、組合せが全部で6通りしかありません。しかも言語の80%が日本語式か英語式のどちらかで、非常に偏りがあります。
この研究自体、19世紀から始められたもので、まだ200年程の歴史しかありませんが、最近の研究で、語順や単語構造にも一定のパターンがあることが分り、必ずしも文法が同じだからといって、系統も同じとは限らないと分ってきています。
![]() |
『ビキン川のほとりで 沿海州ウデヘ人の少年時代』(北海道大学出版会) |
※津曲 敏郎先生は、2020年11月7日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
サイト内検索