こだわりアカデミー
大地の崇拝から始まった神話。 神話なくして、人間は生きられません。
神話が明かす人類の歴史
神話学者 学習院大学文学部教授
吉田 敦彦 氏
よしだ あつひこ

1934年東京都生れ。57年成蹊大学政治学部卒業、59年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了後、フランス国立科学研究所研究員を経て、70年成蹊大学文学部助教授、75年教授。82年より現職に。これまでに山崎賞、サントリー学芸賞、産経児童出版文化賞など受賞歴多数。主な著書に『縄文の神話』(87年、青土社)、『日本神話のなりたち』(98年、青土社)、『神話のはなし』(2000年、青土社-写真-)など多数。
2000年10月号掲載
すでに3万5000年前には「大地母神」信仰が・・・
──ところで、われわれ人間はいつから神話を持つようになったのですか。
吉田 人間がホモサピエンスとして、ものを考えるようになった時からです。実際に、遺跡や遺物などから、後期旧石器時代、だいたい今から3万5000年前のクロマニョン人が神話を持っていたことが推察できます。
──具体的には、どういうものだったんでしょうか。
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長野県茅野市棚畑遺跡から出土した、縄文ヴィーナス像(左) オーストリア南部で発見された、先史時代のヴィーナス像(右) |
吉田 万物を生み出す「大地」を、女神として崇めることです。当時の生活形態は狩猟・採集が中心でした。自分達の生活に必要な獲物である動物を始め、すべてのものが大地から生れたのだ、そして自分達人間も同じように大地の子であったと考え、万物を生み出す大地を女神、「大地母神」として崇拝していたと思われます。
これは考古学的に推察されることで、実際に、遺跡から石炭岩やマンモスの牙などで精巧につくられた女神の像、「先史時代のヴィーナス像」が多く見つかっています。乳房や腹、股間など、女性が妊娠して産んで育てる働きと関係する部位が極端に誇張されており、明らかに、大地母神を表しているといえます。
──大地が出発点であるということを意味しているのですね。
吉田 そうです。また、クロマニョン人が残した遺物には、地下の洞窟に描かれた岩壁画もあります。洞窟の天井や壁には、獲物であるウシやウマ、マンモスなどの絵が折り重なるように描かれており、ヴィーナス像と並んで非常に有名な美術作品です。
──これもその時の神話、信仰を表しているものなんですか。
吉田 そうです。この絵がどういう意味を持っていたのかは、その洞窟の構造を見ると分ります。
多くの洞窟では、絵の描かれている場所は、長い地下の通路を通り抜けてやっと行き着けるところにあります。もちろん、その通路は真っ暗で、狭いところや、途中には地下水や滝さえ流れているというような状況です。そんな通行の極めて困難な、迷路のような通路を通り、やっと絵の描かれている広々とした空間にたどり着けるのです。
──険しい通路を通るということ自体、何かを表現しているような気がしますね。
吉田 それらの洞窟を女神の身体の内部だと思っていた。つまり、地下の通路を大地母神の産道として、絵の描かれている広々とした空間を、子宮と見なしていたのです。そして、そこに描かれた絵は、大地母神が彼らの生活に最も必要な獲物達を子宮から無数に産み出して、自分達に与えてくれているということを表現していたと思われます。
──ヴィーナス像と洞窟画、一見別のものに見えますが、同じ大地母神の働きを表現し、崇める意味を持っていたのですね。
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『神話のはなし』(青土社) |
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