こだわりアカデミー
大地の崇拝から始まった神話。 神話なくして、人間は生きられません。
神話が明かす人類の歴史
神話学者 学習院大学文学部教授
吉田 敦彦 氏
よしだ あつひこ

1934年東京都生れ。57年成蹊大学政治学部卒業、59年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了後、フランス国立科学研究所研究員を経て、70年成蹊大学文学部助教授、75年教授。82年より現職に。これまでに山崎賞、サントリー学芸賞、産経児童出版文化賞など受賞歴多数。主な著書に『縄文の神話』(87年、青土社)、『日本神話のなりたち』(98年、青土社)、『神話のはなし』(2000年、青土社-写真-)など多数。
2000年10月号掲載
慈悲深い、日本神話の最高神・アマテラス
──古い神話に新しいエッセンスが加わりながら神話は受け継がれ、現在の「日本神話」といわれる『古事記』や『日本書紀』になったんですね。
吉田 そうですね。『古事記』、『日本書紀』は8世紀の初めに、それまで語られていた伝承や記録を編纂したもので、その初めの部分に「神話」が記されているのです。この他、『風土記』などの古典にも神話が見られ、また日本各地の昔話や伝説に形を変えて、語り続けられているのもあります。
──先生は、世界各地の神話の比較研究もされていますが、日本の神話には、どういった特徴が見られるのでしょうか。
吉田 天上の神達を支配していた最高神のアマテラスに見られる性質は、本当にユニークです。まず、他の世界の神話に出てくる最高神達はおしなべて男性であるのに対し、アマテラスは女神であるという点です。さらに、旧約聖書のヤハウェや、ギリシア神話のゼウスなどの最高神達は、自分に背く者は容赦なく罰を与えて徹底的に滅ぼし、殺すことに何のためらいもない残忍な神様です。しかし、アマテラスは徹底して寛仁であり、慈悲深い神様です。例えば、弟のスサノヲが天上でひどい悪さをしますが、罰せず許そうとします。しかし、彼の乱暴がエスカレートして機織りをしていた女神を殺してしまうと、アマテラスは怒り、天の岩戸に隠れてしまうという話があります。罪を罰するのではなく、できるだけ許そうとし、血が流されたり、殺害となると許さない、そういう神様だったのです。
──確かに、残忍なことは一切しない神様ですね。一つひとつのストーリーに、深い意味が凝縮されているんですね。
吉田 さらに日本の神話には、日本人の特徴を表現した面白いストーリーがあるんです。日本人が働くということについて持っている概念を、よく表したものです。
当時の労働の中心は、農業である稲作でした。『日本書紀』で見ると、最初、稲の栽培というのは、天上の神様達だけが行なえるもの、いわゆる米は神様達の食べ物でした。しかし、地上を支配するため、アマテラスの孫にあたるホノニニギが地上に降りてきて、その時、一緒に神様の食べ物である稲も持ってきたため、それからは人間も食べられるようになったとされているんです。ですから、稲をつくるという労働は、アマテラスも天上でやっていること、神からの恵みとして許された行為であり、ありがたいものなのです。日本人にとって労働とは、一種の生き甲斐なのです。
──確かに、休暇を取っても仕事のことが気になったり、休みなのにせかせか動いたりしてしまいますね。
吉田 そうですよね。反対に西洋での「労働」の起源はというと、旧約聖書の神話を見ると、アダムとエバの話で語られています。彼らは楽園で労働をせずに暮らすことができていたのですが、禁断の果実を食べて楽園から追放されてしまいました。それからは自分達で額に汗して働き、食べ物を得なければならなくなったわけです。つまり、西洋でいう労働とは、罰なのです。これは、ギリシア神話でも同様に語られています。
──とても明解な話で、納得できます。
これまでお話を伺ってきて、神話というのは、非常に面白いものだと改めて思いました。しかし日本では、第2次大戦時、軍国主義の政策に利用されたことが原因で、神話が敬遠されるようになりました。未だに、その印象が完全にぬぐい去れていないのが残念です。先生はこれまで、その誤解を正すため、日本の神話の本来の意味を取り戻すために力を尽くしてこられたと聞いておりますが、先生のお立場から、これから新しい世紀を迎えるに当ってアドバイスなどはございますか。
吉田 これからも人間が文化的な営みを続けていくためには、昔から人々が神話を通して語り続けてきた大地、自然万物に対する思いを改めて見直し、取り戻すことが必要です。自然万物とともに生きていることを忘れ、人間本位な生き方を続けていては、自然環境を破壊し、地球そのものも解体してしまう方向に突き進みかねません。今一度、神話を見直してもらいたいと思います。
──確かに、私達は科学の発展とともに、自然万物に対する慈愛を忘れつつあるように思います。神話を通してわれわれの祖先が何を思い、考えていたのか見直し、その価値を再発見する必要がありますね。
本日は非常に興味深いお話を、ありがとうございました。
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『神話のはなし』(青土社) |
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